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高校二年生・仮名:Kさん
人に褒められても、
それが自分に向けられている感じがしません。
「優しいね」とか
「すごいね」とか言われても、
たまたまそう見えただけだと思います。
たぶん相手は、
“そういうキャラ”だと思って
言ってるだけで、
本当の自分を見てるわけじゃない気がします。
だから「ありがとう」と言いながら、
心の中では
「違うんだけどな」と思っています。
褒められてるのに、
なんだか嘘みたいで落ち着きません。
遥
「それ、
“褒められてる自分”と
“自分が知ってる自分”が
一致してない感じだな。
相手が見てるのは一部の瞬間で、
自分は全部知ってるから違う気がする」
蓮司
「あるな。
人は基本、“見えた場面”で評価する。
でも本人は
その裏のミスとか
考えてたことも知ってる」
日下部
「Kさんは“本当の自分”をかなり厳しく見ている。
だから他人の評価が甘く感じるのかもしれない」
遥
「優しいって言われても
“いや、計算だったし”とか
“空気読んだだけだし”とか
頭の中ですぐ理由つけるタイプだろ」
蓮司
「でもな、理由があっても行動した事実は変わらない。
優しくした結果なら優しさって呼ばれる」
日下部
「人は動機より結果を見る。
それが評価になる」
遥
「Kさんの中では“本当の自分”って
まだ誰にも見せてない感じあるな」
蓮司
「だから褒め言葉が
自分の外側に当たってる感じになる」
日下部
「ただ、人が見ているのも間違いではない。
それもKさんの一部だ」
遥
「全部じゃないだけで、嘘でもない」
蓮司
「人は“その瞬間の自分”で見られることの方が多い。
それを全部否定すると、誰の言葉も入らなくなる」
日下部
「褒め言葉は自己評価の証明じゃない。
相手の見え方の記録だ」
遥
「だから完全に一致してなくてもいい。
“そう見えたんだな”
くらいで受け取ればいい」
蓮司
「全部疑うより、一部だけ信じる方が楽だと思う」
日下部
「Kさんの中の自分と、他人から見える自分。
その両方が同時に存在している」
遥
「褒められたときはとりあえず
“その瞬間の自分”を認めてやればいい」
🗝 三人からのことば
遥
「一致してなくても、嘘とは限らない」
蓮司
「他人が見てる自分も、自分の一部」
日下部
「褒め言葉は、相手の見え方の記録」