テラーノベル

テラーノベル

テレビCM放送中!!
テラーノベル(Teller Novel)

タイトル、作家名、タグで検索

ストーリーを書く

シェアするシェアする
報告する

マンションに戻った杏樹はすぐにシャワーを浴びる。

バスルームから出て髪をドライヤーで乾かしていると胸元に紫色のアザのようなものを見つけた。


ゆきずりの男からの刻印を見た瞬間杏樹の身体の奥がズキンと疼く。


(彼は本当に凄かったわ……)


思い出すとつい赤面してしまうほど男との行為はかなり刺激的だった。

しかし杏樹は慌てて頭を左右に振る。


(ゆきずりのワンナイトなんて……もう二度とこんなバカげた事はしないで!)


そう自分に言い聞かせるとタオルを洗濯機に放り込んでからスイッチを押した。


その後キッチンへ行き朝食の支度をする。

電車に乗っている時からお腹がグーグーと鳴っていた。


(そりゃそうよね、あんなに激しかったんだもの)


その運動量はかなりのものだっただろう。とにかく今まで杏樹が経験した事がないほどパワフルなものだった。

しかし身体の疲労感とは裏腹に心のモヤモヤはスッキリと晴れていた。

正輝に振られた直後のズーンと沈んだ気持ちは消え失せていた。


(刺激的なセックスは失恋の痛みさえも消し去ってしまうの?)


そう思いながらベーコンエッグとトーストをテーブルへ運びドリップが終わったコーヒーをマグカップに入れる。

そして朝食を食べながら今度は正輝とのやり取りを思い返した。


昨日は恋人の森田正輝(もりたまさき)に急に呼び出されていつものカフェへ行った。

正輝は杏樹よりも8歳年上の35歳で同じ銀行に勤めている。

最近デートの回数が激減していたので呼び出された杏樹は少しウキウキしていた。

しかし先にカフェに来ていた正輝の表情はとても重苦しいものだった。


「どうしたの? 深刻な顔して」

「うん……今日は話しておきたい事があって」

「何? 急に?」

「____別れて欲しいんだ」

「えっ?」

「ごめん、急にこんな事を言って……」

「どうして? 最近会う回数が減っていたのはそういう事?」

「うん……ごめん……」

「ごめんばかりじゃわからないわ。理由を教えて」

「____他に好きな人が出来た」

「…………」


杏樹は言葉に詰まる。

うすうす正輝の心が自分から離れているような気はしていたが付き合ってまだ1年ちょっとだ。だからいわゆる倦怠期のようなものだろうと軽く考えていた。しかしそれは見当違いだったようだ。正輝の心はとっくに他の女性へと向いていたのだ。


「相手は……私の知っている人?」

「____うん」


杏樹は衝撃を受ける。二人の共通の知人と言えば職場の同僚しかいない。

しかし杏樹がどう考えても正輝の相手になるような女性に思い当たる節はなかった。


「私も知っている人って……一体誰なの?」

「____早乙女家具のお嬢さんだ」

「…………」


早乙女家具と言えば杏樹が働いている銀行の古くからの顧客だった。

元々早乙女家具は国道沿いにある老舗の家具店だった。しかしここ最近急激に業務拡大を続けている。

早乙女家具の社長の息子、つまり社長令嬢の兄にあたる長男が父親の右腕になってから急激に業務を拡大し始めた。

それはネット販売から始まり早乙女家具オリジナルブランドの家具作りへと続く。そのスタイリッシュでシンプルなシリーズは大ヒットを飛ばし雑誌などにも頻繁に取り上げられた。そのシリーズが起点となり最近では海外にも進出している。

海外生活が長かった長男のツテで国外での業務拡大は勢いを増すばかりだ。

もちろんその際の資金繰りは杏樹が勤めているメガバンクが融資をしていた。


その時杏樹はハッとする。早乙女家具の社長令嬢が頻繁に銀行を訪れていた事を。

社長令嬢の早乙女莉乃(さおとめりの)は社長である父親からの用事を言付かって来店する事がほとんどだったが、いつも正輝が対応をしていた。

時には二人きりで一時間以上応接室にいる事もあった。


(そういう事だったのね……)


杏樹は深いため息をついてからコーヒーを一口飲む。

杏樹は一年以上付き合った恋人に振られたというのに全く涙が出ない自分に驚いていた。


正輝と別れ話をした後、杏樹は一人でバーへ行った。

一人でバーへ行く事に憧れていた杏樹だが今まではそういうチャンスがなかった。

しかし失恋した夜にはちょうどいいのかもしれない。そう思った杏樹は以前から気になっていたバーへ向かった。


土曜の夜のバーは思いのほか空いていた。

土日は家族と過ごす人が多いのだろうか? そんな事を思いながら少し緊張気味にカウンター席へ座る。

カウンターの向こうには優しそうな年配のバーテンダーがいたので杏樹はカクテルのオーダーをした。


バーテンダーという職業は客の気持ちを読み取る事に慣れているのだろうか?

彼は無駄な事は一切喋らずに杏樹をそっとしておいてくれたので居心地が良くつい調子に乗りカクテルを何杯もおかわりした。

酒には強い杏樹だったがさすがにすきっ腹にカクテルを流し込んだので一気に酔いが回ってくる。

甘い魅惑の液体は杏樹の体内に浸透するにつれ徐々にフワフワとした気分になる。杏樹はしだいに身も心も開放的になっていった。


そして後から店に来たあの男との会話へと進展していく。


(私、他にどんな事を彼に話したっけ?)


ホテルでは思い出せなかった内容が急に頭の中に浮かんできた。


その内容は正輝が見栄っ張りな事、味覚音痴、食の好みが全然合わない、金遣いが荒い、若作りのファッションをしたがる、ブランド物に弱い、常にローンがあり金欠、平気で女性を待たせる……もっと色々話したかもしれない。とにかく全部を話してすっきりしたのを覚えている。

それを聞いた男は杏樹に言った。


「君が彼と付き合ってる意味って何?」


その時杏樹は何も答えられなかった。

そして今改めて考えてみる。


『告白されたから付き合っている?』

『別れる理由は特にないので付き合っている?』

『一人になるのが淋しいから付き合っている?』

『同じ職場なので別れると色々と面倒そうだから付き合っている?』


そこで杏樹はふと思った。


(これっておかしくない? なんか無理して付き合ってるみたいな感じだわ)


改めて自分が惰性で付き合っていた事に気付いた。


男は杏樹にこんな事も聞いた。


「セックスはどのくらいの頻度でしてたんだ?」


それに対し杏樹は正直に答えた。


「月に1回あればいい方?」

「…………」


男性が呆れたように黙り込んだのを覚えている。


(私は本当に正輝の事が好きだったの?)


その時杏樹は本当の自分の気持ちに気付いた。

ワンナイトのお相手はまさかの俺様上司&ハイスぺ隣人でした

作品ページ作品ページ
次の話を読む

この作品はいかがでしたか?

397

loading
チャット小説はテラーノベルアプリをインストール
テラーノベルのスクリーンショット
テラーノベル

電車の中でも寝る前のベッドの中でもサクサク快適に。
もっと読みたい!がどんどんみつかる。
「読んで」「書いて」毎日が楽しくなる小説アプリをダウンロードしよう。

Apple StoreGoogle Play Store
本棚

ホーム

本棚

検索

ストーリーを書く
本棚

通知

本棚

本棚