その翌日絵里奈は実家を抜け出すと、小さな子供を胸に抱いたままテレビ局の出口にいた。
今日はロックバンド『stormストーム』がこのテレビ局で収録をし間もなく外へ出て来るはずだ。
絵里奈はstormが所属する事務所がファンへ向けて公開しているスケジュールをチェックしてここに来た。
その時、通用口からstormのメンバーが次々と出て来た。
そして最後にボーカルの柳原圭が姿を現す。
すると待っていたファンの歓声が沸き起こった。
絵里奈は圭のものすごい人気にかなり驚いていた。
しかし慌ててテレビ局に停まっていたタクシーへ乗り込むと圭が乗った車を指差してから、
「あの車を追って下さい」
と運転手に伝える。
タクシーの運転手は、乳児を抱えた絵里奈の事を不思議そうな顔で見ていたが、
「承知しました」と言って圭の車を追い始めた。
15分も走らないうちに圭の乗った車が停まる。
車から降りた圭は運転手へ手を振るとそのまま歩き始めた。
「ここでいいです。お釣りはいりませんから」
絵里奈は慌ててタクシーを降りた。
そして圭の後ろを追いかけていき大きな声で叫んだ。
「圭!」
聞き覚えのある声に圭の足が止まる。そして振り返った圭は驚いた顔をして言った。
「絵里奈?」
圭はかなり驚いた様子で絵里奈を見つめていた。
そして絵里奈が胸に子供を抱いているのを見ると、さらに目を見開いてびっくりしているようだった。
「話があるの、ちょっといい?」
「あ、ああ…」
圭は人目を気にしながら胸ポケットのサングラスを取り出してかける。そして絵里奈を脇道へ誘導した。
「どうしたんだ? 急に」
絵里奈はごくりと唾を飲み込むと言った。
「この子、あなたの子なの」
「ハッ?」
「だからあなたの子なの! 責任取って!」
「ハァッ? あの時別れてくれって言ったのはお前の方だろう? それを何で今さら…」
圭は呆れた顔をしている。
「だって子供はあなたの子なんだもの…」
「それはないだろう? だってあの時お前は違う男と結婚するって言ってたよな? だから俺はお前に捨てられたんだぞ。それなのに今更そんな事を言うなんておかしくないか? それにその子供だってそいつの子供だろう?」
圭は話にならないといった口調で言った。
「違うの! DNA鑑定したらその人の子じゃなかったのよ! つまり圭の子供なの!」
そこで圭は押し黙る。
しばらく沈黙した後漸く口を開いた。
「あのぉ今更そんな事を言われても俺には何の事かさっぱりわかりません。俺が有名になった途端急にそんな事を言われてもねぇ…それにあなたは昔からしょっちゅう俺に嘘をついていましたよね? だから信用できる訳ないでしょう? あまりしつこくすると事務所に言って弁護士に入ってもらいますのでそのつもりでよろしくー」
圭はそう言うと、くるりと前を向いて歩き始めた。
「ちょっちょっと圭! 圭ったら!」
その時赤ん坊が大声で泣き始めた。
しかし圭は知らんぷりをしてどんどん歩いて行く。
泣き止まない赤ん坊を抱えたまま絵里奈はオロオロしていた。
そうしているうちに圭の姿は見えなくなってしまった。
道行く人がチラチラと絵里奈を見ている。
母親なのになぜ泣いている赤ん坊をあやさないのかと非難に満ちた目だ。
「もうっ、一体何のよっ! なんでみんな屑なのよっ! 私が一体何をしたって言うのよーっ!」
絵里奈は泣き叫ぶ子供を抱いたままその場に泣き崩れた。
そんな絵里奈の事を道行く人はただジロジロと見つめるだけだった。
激しく泣く絵里奈の周りには人だかりが出来始めた。
絵里奈の泣き声と共に赤ん坊の泣き声も激しく聞こえている。
「何かあったのかしら?」
その時凪子は人だかりを見て言った。
「なんだろうな? でもあれだけ大勢の人がいればきっと大丈夫だよ」
信也はそう言って大きなお腹の凪子をかばうようにして歩き続ける。
二人は今美術館へ向かっていた。
美術館では先日コンクールの授賞式が行われた。信也はその授賞式に出席した。
授賞式の様子は、テレビのニュースでも報道され新聞や雑誌にも載った。
信也はこの受賞により新たに画家としての道をスタートさせていた。
今日はは受賞作が展示される最終日だったので、信也はどうしても会場で見たいという凪子を連れて来た。
最終日の夕方近くとなればだいぶ空いているので身重の凪子にも安全だろう。
美術館へ入った二人は、すぐに信也の作品の前へ行った。
その絵を見た凪子は歩みを止めると感慨深げにその絵を無言でじっと見つめる。
絵画の中では、穏やに微笑む自分がいた。
信也から贈られたシフォンのワンピースを身に纏い、手にはひまわりの花束を持っている。
横向きに立っている凪子のお腹はふっくらとしていた。
絵のモデルを始めてしばらくしてから凪子の妊娠が分かった。
だから凪子はモデルを辞退しようとしたが、信也はそのままの凪子を描きたいと言った。
そして信也は徐々に大きくなっていく凪子のお腹をそのまま絵に収めた。
絵の中の凪子はとても穏やかで優しい表情をしている。
シフォン地の可憐なワンピースが凪子とお腹の子を優しく包み込んでいた。
凪子の顔には優しい笑みと共に凛とした母親の強さのようなものも浮かんでいる。
信也はそれを見事に捉えていた。
そんな凪子の姿は、まるで慈愛に満ちた聖母マリア像のように神秘的に見えた。
絵のタイトルは、『soleil(それいゆ)』だ。
『soleil』はフランス語で『ひまわり』や『太陽』といった意味を表す。
信也にとってまさに凪子は太陽のような存在だ。そしてこれから生まれて来る小さな命も信也にとっては悦びの太陽なのだ。
今を時めく有名デザイナーが権威ある絵画展で賞を取った。
そしてその絵のモデルが妊娠中の妻という事もありたちまち話題を呼んで美術館では連日行列が出来ていた。
凪子はその様子をテレビでしか見られなかったが、今日やっと会場で見る事が叶った。
しばらく感慨深げに見つめていた凪子が漸く口を開いた。
「素敵ね…」
「ああ、俺の傑作だ…」
「もしこの絵を売ってって言われたらどうするの?」
「売る訳ないじゃないか。ずっと手元に置いておくよ」
「10億で売ってって言われても?」
「10億かぁ…ちょっと考えちゃうなぁ」
信也がふざけて言ったので、凪子は思わず信也の手を叩いた。
「売らないって言ったじゃない!」
凪子が怒ったように言うと、
「ハハッ、冗談だよ。この絵はこの子に遺すよ」
信也はそう言って、凪子のお腹に優しく触れた。
その後二人はもう一度絵をじっくりと眺めてから、手を繋いで出口へ向かった。
コメント
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受賞作の展示会に 信也さんと仲良く訪れる身重の凪子さん。 そして 子供を連れ バンドマンに会いに行ったけれど、全く相手にもされない絵里奈.... 同じ母子でも、本人の日頃の行いにより 明暗が分かれましたね~🤔 まあ....絵里奈さん、反省し心を入れ替えて ちゃんと仕事をしながら子育て頑張ってください✊‼️
凪子さんのお腹の中で少しずつ大きくなる過程を描いた信也さんの傑作✨お腹の赤ちゃんに信也さんの傑作🖼️をプレゼントか〜溺愛されてるね🥰💕 タイトルもステキで次の作品のモデルは凪子さんとベビーのペアかも知れないね🤭❣️ それに引き換え絵里奈は「あっちがダメならこっち➖」ってそんなのうまく行く訳ないじゃんか💢人を騙したり裏切ったり自分本位なのは他人から信頼されないって今回の件でしっかり学んで子供を育てて‼️