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私が用意した夜食を、諒はパクパクと美味しそうに平らげていった。
「ご馳走さまでした」
満足した顔で箸を置き、改めて私に向き直る。
「それで、相談っていうのは?」
「実は……」
私はまとめておいた例の文書を諒の前に広げた。
それを目にした途端に、彼の眉間に深いしわが寄った。
「何だ、これ」
「数日前から毎日、エントランスの所の、私の郵便受けに入るようになったの」
「数日前から?」
「最初の二日は、宛名も何も書かれていない、白い封筒に入っていたの。三日目からは封筒にも入っていなくて、この紙だけがぱらっと入るようになった。今日で六日目」
「六日目?どうしてもっと早く言わなかったんだよ」
「だって、諒ちゃん、忙しいだろうなって思って。疲れているみたいだったし……」
諒ははっとした顔をし、それからふうっとため息をついた。
「ごめん。気を使わせてたんだな。確かに最近は学会なんかで忙しくて、特にここ数日はなかなか会いに来れなかったもんな。早く気づいてやれなくて悪かった」
「うぅん、大丈夫」
「それで、その間、他に何か変わったことはあったのか?」
「最初にこれを見つけた日の夜、非通知の無言電話があった。ずっと鳴り止まなくて、仕方なく出たんだけど、すぐに切れちゃった。その後は特にないとは思うけど……」
諒はおもむろに腕を組み、考え込むような目つきで紙をじっと見つめる。
「郵便受けに直接入ってた、って言ったな。ってことは、瑞月のことも俺たちの関係も、知っている人物ってことになるよな」
「そうだね。加えて、諒ちゃんに思いを寄せている人、ってことになるわね。心当たり、ある?」
諒は苦々しげに笑う。
「心当たりと言うか、正直、あの人しか思い浮かばないんだよな。瑞月が入院した時、看護師長が言ってただろ?俺の彼女が入院してきたって、看護師たちが気づいているかもしれないって。そしてその話は、外来のナースたちにも伝わったんじゃないかと思うんだ。となると、外来の受付にいる例の彼女の耳にも届いたかもしれない」
「なるほどね。その人が、嫉妬心からこれを私に送ってきたってことね。でも、どうしてそれが私だって分かったんだろう。まさかその話の中で、私の名前が出てたわけじゃないよね?」
「さすがにそれはないと思うな。守秘義務ってやつがあるしさ」
「それじゃあ、どうしてだろう。住所だってどうやって知ったのかしら」
「退院した後、お前、何回か俺の診察を受けに来ただろ?最後の診察の日だったと思うけど、彼女がカルテを持って入ってきて、また出て行こうとしたちょうどその時、お前、言ったんだよ。『諒ちゃん、ありがとう』って。覚えてない?」
「えぇと……」
私は記憶を手繰り寄せた。
診察室は処置室とつながっており、カーテン一枚で仕切られていた。看護師が処置室へ行き、たまたま私と諒の二人きりになった時があった。診察が終わって帰ろうとしたところに現れたのは、紺色の事務服にメガネをかけた女性だったと思う。私が諒に礼を告げたのはちょうどそのタイミングだった。彼女がすぐにそそくさと出て行く姿がぼんやりと記憶に残っている。
「でも、それだけで気づくものかしら」
首を捻る私に諒は苦笑を見せる。
「少なくとも、俺たちが親しい間柄だとは思ったかもな。そしてその時の俺たちの様子と例の噂話が結びつき、故意か偶然かは分からないけど、お前の通院履歴を見て、もしかしてと察したのかも。もしくはその逆で、お前のデータを見て噂話と結びつけ、気になったから故意に診察室に入って来た、とか。住所は受付の時にでも見たんじゃないかな。保険の加入状況なんかを確認するために、患者のデータを見るはずだから」
諒はため息をつく。
「こう考えてくると、この文書の差出人はやっぱり彼女のような気がしてくるな。直接聞いてみる手もあるけど、素直に認めるかどうか……。このままにしておくのは心配だから、一応警察に届けておこう」
「でもこれ、脅迫って言えるほどの内容でもないし、警察で話を聞いてくれるかな」
「そうだなぁ……」
諒は悩ましい顔で私と文書を交互に見ていたが、何を思いついたのか、表情をぱっと明るくした。
「俺の部屋に来ないか?」
諒の提案に驚き、迷った。彼の申し出はとても嬉しかったが、多忙な彼に迷惑をかけてしまうのではないかと思うと、すぐには頷けない。
「もしも本当に今回のことが彼女の仕業だとして、さすがに俺の住所までは知らないと思うんだ。俺たちスタッフの情報は、病院の方でしっかりと管理してくれているはずだからな。それに、お前がうちにいてくれた方が俺は安心だ。だから『うん』って言ってほしい」
「でも、迷惑じゃない?」
「迷惑?そんなわけ、ないだろう」
「それなら、そうさせてもらおうかな。本当はね、その方が私も心強いんだ」
「今夜はもう遅いから、動くのは明日にしよう。仕事が終わったら迎えに来るから、それまでに荷物を準備しておいて。そのまま一緒に俺の部屋に向かおう」
「ありがとう。分かった」
諒に頷いてから、頭に父と母の顔が浮かんだ。もしも諒との同居が二人にばれてしまったらどうしようと、不安で胸がどきどきしてくる。
揺れる私の表情を見て諒は苦笑する。
「俺の部屋にしばらく泊まることは、おじさんたちには黙っていた方が無難かな。でもなんとなく罪悪感が……」
ぶつぶつと言っていた諒だったが、意を決した顔で私を見る。
「よし、挨拶に行こう」
「えっ、挨拶?」
「あぁ。当面一緒に住むことは内緒でも、せめて、結婚を前提に付き合ってるんだってことは報告しておきたい。ってことで、早速来週末、実家に行こうぜ。その土日は、久しぶりにまとめて休みが取れるんだ。それでその後に、プロポーズの仕切り直しをさせてほしい。もちろん、瑞月の都合がよければ、だけど」
慌ただしい展開に戸惑いを覚えながら、私は彼に答える。
「都合の方は大丈夫だよ。だけど、仕切り直しなんてしなくていいのに。私、この前ので十分だよ?」
「そう言わずにやらせてくれよ。互いに思い出に残る日にしたいんだ」
私はにっこりと笑って頷く。
「諒ちゃんがそう言ってくれるなら」
「よし、決まりだ。瑞月は、明日にでもおばさんに連絡しておいて。俺もうちに連絡入れておく」
「分かった。……ねぇ、私たちのことを話したら、やっぱりみんな驚くかな」
「さて、どうだろうな」
両親たちの反応を想像して、私たちはくすりと笑い合った。根拠はないが、きっと祝福してくれるはずだとなぜか確信が持てた。
「こっちに戻ってきた後は、指輪を見に行こうな。二種類ね」
「二種類?本当にどっちも買うの?」
「もちろん。マーキングのアイテムはいくつあってもいいからな」
諒は悪戯っぽく笑いながら、私を自分の方へと引き寄せた。
その腕の中に身を置いた私は、あっという間に安心感に包まれた。そのおかげだろうか。怪文書や無言電話への恐怖心や不安は、いつしか消えていた。
こうして。
その翌日から、問題が解決するまでの間という前提で、私は諒と共に彼の部屋で暮らすことになったのだった。
コメント
1件
こんな事をしても涼ちゃんが振り向いてくれないのにね。 嫉妬は怖いな😱