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すっこ
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杯雪乃
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うわっ……第12話、一気に深いところまで来たな……。 「お母さんは被害者」だと思わせておいて「加害者でもあった」って、その二面性を澪が受け止めるところが重くて苦しい。それに佐伯課長の息子さんが相原奈緒さんの車ではねられた真相、榊原さんが壁の中に隠したって証拠——もう全部のピースが繋がりそうで怖い。澪の「ごめんなさい」が胸に刺さるわ。続き、めっちゃ気になる🔥
「十五年前、千佳さんは、俺を殺すことを選んだ」
佐伯課長の言葉に、誰もすぐには反応できなかった。
テーブルの上には、榊原美佐子に届いた死亡通知。
そこに浮かんだ名前。
佐伯孝之。
私は佐伯を見た。
「母が……課長を?」
「ああ」
「どうして」
佐伯は椅子に座り直した。
「話せば長くなる」
「聞きます」
「聞かない方がいい」
「それ、もう何度目ですか」
思った以上に強い声が出た。
「母は死んでるんです。高瀬さんも死んだ。榊原さんにも通知が届いた。今度は課長の名前まで出た」
私は死亡通知を指した。
「まだ隠すんですか」
佐伯はしばらく私を見ていた。
やがて、諦めたように息を吐いた。
「十五年前、俺は戸籍課にいた」
「今と同じ?」
「担当は違った。当時は届書の受理と保管をやってた」
嫌な予感がした。
「そこへ千佳さんが来た」
「未来の日付の死亡届を持って?」
「最初はそうじゃない」
佐伯は首を振った。
「普通の相談だった」
「何の?」
「出生届だ」
また、それだった。
私の出生届。
「千佳さんは言った。十四年前に提出したはずの娘の出生届について確認したいって」
「私の?」
「そうだ」
佐伯は私から目を逸らさなかった。
「調べた。戸籍は存在していた。水城雅彦と水城千佳の長女、水城澪」
「だったら問題ないじゃないですか」
「届書だけがなかった」
胸がざわつく。
現在と同じ。
「保存期間の問題じゃなくて?」
「違う。当時ならまだ残っているはずだった」
「紛失?」
「俺も最初はそう思った」
佐伯の声が低くなる。
「ところが、受付番号をたどったら、もっとおかしいことが分かった」
「何ですか」
「その番号で受理されていたのは、別の子どもの出生届だった」
言葉が出なかった。
「別の……子?」
「女の子だ」
榊原が目を閉じた。
知っている。
そう見えた。
「名前は?」
私が訊くと、佐伯は答えなかった。
「課長」
「今はまだ言えない」
「また?」
「その名前を出すと話が余計にややこしくなる」
「もう十分ややこしいです」
真壁刑事が口を挟んだ。
「佐伯さん。続けてください」
佐伯は頷いた。
「千佳さんにも同じことを伝えた。すると、すぐ顔色が変わった」
「母は知ってた?」
「たぶんな」
「何を?」
「澪、お前の戸籍が、別の子どもの出生届を使って作られた可能性があることを」
私はテーブルの端を握った。
「そんなこと、できるんですか」
「普通はできない」
「普通じゃなかったら?」
誰も答えない。
佐伯は続けた。
「俺は内部で調べようとした。だが翌日、千佳さんから電話があった」
「何て?」
「もう調べなくていい、と」
「どうして」
「娘を巻き込みたくないから」
母の手帳にあった。
会社にいたら、澪まで巻き込まれる。
「それで終わったんですか」
「終わらなかった」
佐伯が顔を上げる。
「三週間後、俺の家に死亡通知が届いた」
部屋が静かになった。
「十五年前の?」
「ああ」
「何が書いてあったんです」
「俺の名前。三日後の日付。死因は交通事故」
「それを母が送った?」
「そう思った」
「証拠は?」
「千佳さん本人が認めた」
私は息を止めた。
「母が?」
「ああ」
「何て言ったんです」
佐伯の表情が苦く歪んだ。
「『あなたを選びました』」
母が。
自分の口で。
「理由は?」
「聞いた」
佐伯は自分の手を見る。
「千佳さんは言ったよ」
――娘を守るためです。
私は目を閉じた。
それだけなら、母らしいと思ってしまった。
私を守るため。
だから誰かを犠牲にする。
昔から母はそういう人だった。
正しいことをしていると信じたら、他人の気持ちは関係ない。
「課長はどうしたんですか」
「警察に行った」
「死亡通知を持って?」
「ああ」
「母は捕まった?」
「いや」
「どうして」
「犯罪として扱えなかったからだ」
佐伯が乾いた笑いを浮かべる。
「三日後に交通事故で死ぬと書かれた紙をもらっただけだ。脅迫に当たる可能性はあっても、その時点ではそれだけだった」
「でも三日後」
私は言った。
「誰かが死んだ」
佐伯の顔から笑いが消えた。
「そうだ」
「誰ですか」
答えない。
「相原奈緒さん?」
榊原の肩が動いた。
私はそれを見る。
「そうなんですね」
「違う」
佐伯が言った。
「奈緒さんが死んだのは、そのあとだ」
「じゃあ、その前にも死者が?」
佐伯は唇を噛んだ。
話したくないのだ。
でも、もう引き返せない。
「俺の死亡予定日の夜、俺は家から一歩も出なかった」
「事故を避けるため?」
「ああ。車にも乗らない。道路にも近づかない。窓も開けなかった」
高瀬と同じだ。
死因を知れば、それを避けようとする。
「午後十一時五十分」
佐伯の声が掠れた。
「俺の息子が帰ってこなかった」
私は動けなくなった。
「息子さん?」
「十七歳だった」
佐伯は目を伏せる。
「塾から自転車で帰る途中、車にはねられた」
誰も何も言わなかった。
「死亡時刻は?」
訊きたくなかった。
でも、訊いた。
佐伯が答える。
「午後十一時四十分」
高瀬の死亡通知。
柿崎の死亡診断書。
何度も出てくる時刻。
午後十一時四十分。
「通知には俺の名前が書いてあった」
佐伯は言った。
「でも死んだのは息子だった」
私は何も言えない。
「翌朝、千佳さんが役所に来た」
「母が?」
「ああ」
「何をしに?」
「謝りに」
佐伯は私を見た。
「泣きながら土下座したよ」
胸の奥が痛んだ。
「母は、息子さんが死ぬとは知らなかった?」
「そう言っていた」
「じゃあ母も騙されていたんじゃ」
「それでも」
佐伯の声が鋭くなった。
「俺を選んだのは千佳さんだ」
私は黙った。
「誰かが拳銃を渡して、人を撃てと言ったとする」
佐伯は続ける。
「引き金を引いた人間が『本当に弾が入ってるとは思わなかった』と言えば、被害者になるのか?」
答えられない。
「千佳さんは脅されていた。それは事実だ」
佐伯が言った。
「娘を殺すと言われていたことも、あとで知った」
私。
母は私を守ろうとした。
「でも、千佳さんは俺を選んだ」
佐伯の目が赤くなっている。
「その結果、俺の息子が死んだ」
榊原が小さく言った。
「孝之……」
「だから俺は千佳さんを許してない」
佐伯は静かに言った。
「十五年間、一度も」
私は拳を握った。
何か言わなければと思う。
謝る?
母の代わりに?
そんな資格が私にあるのか。
「ごめんなさい」
結局、それしか出なかった。
佐伯は首を振った。
「お前が謝ることじゃない」
「でも」
「澪」
初めて職場ではない声で名前を呼ばれた。
「これだけは覚えておけ」
私は顔を上げた。
佐伯が言った。
「お前のお母さんは、被害者だった」
一度、言葉を切った。
「そして同時に――」
私をまっすぐ見る。
「加害者だった」
その言葉が胸に刺さった。
母を殺した七人。
私はずっと、
七人が母に何をしたのかを調べてきた。
でも逆だった。
母が七人に何をしたのか。
それも調べなければならない。
真壁が訊いた。
「佐伯さん。あなたの息子さんが亡くなった事故と、相原奈緒さんの死亡事故に関係は?」
「ある」
「何です」
佐伯は榊原を見る。
榊原は首を振った。
「孝之、まだ――」
「もう隠せない」
「でも」
「また人が死ぬ」
佐伯は立ち上がった。
「十五年前、俺の息子をはねた車」
真壁の表情が変わる。
「運転していたのは?」
佐伯は答えた。
「相原奈緒さんだ」
私は息を止めた。
父の恋人だった女性。
母の元同僚。
そして十五年前、川へ転落して死亡した人物。
「奈緒さんが……課長の息子さんを?」
「ああ」
「事故だったんですか」
佐伯は答えなかった。
代わりに榊原が呟いた。
「事故じゃない」
全員が彼女を見る。
榊原は両手を震わせていた。
「あの日、奈緒さんは車を運転する予定なんてなかった」
「じゃあなぜ」
「呼び出されたの」
「誰に?」
榊原が私を見る。
「千佳よ」
頭の中が真っ白になる。
「母が?」
「千佳が奈緒さんを呼び出した」
「どこへ」
榊原は答えた。
「佐伯さんの息子さんが死んだ、その道へ」
私は母の手帳を思い出した。
六月二十日。
失敗した。
六月二十一日。
あの人が死んだ。
今まで、意味を取り違えていたのかもしれない。
失敗した。
母が何かを失敗した。
そして誰かが死んだ。
真壁が低い声で訊いた。
「水城千佳さんは、相原奈緒さんに何をさせようとしたんです?」
榊原は泣きながら首を振った。
「分からない」
「でも呼び出したことは知っている?」
「はい」
「証拠は?」
榊原は私を見る。
「残ってる」
「どこに?」
「千佳が会社を辞める前に使っていたロッカー」
私は眉を寄せた。
「十五年前のものがまだ?」
「ロッカーじゃない」
榊原が首を振った。
「その奥」
「奥?」
「壁の中に隠したの」
榊原は震える声で言った。
「奈緒さんが死ぬ前に、千佳が集めていた証拠を全部」
「何の証拠ですか」
榊原は答えた。
「相原奈緒さんが――」
一度息を呑む。
「殺される予定だった証拠よ」