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#王子
すっこ
173
#主人公最強
杯雪乃
1,309
「相原奈緒さんが、殺される予定だった証拠よ」
榊原美佐子はそう言った。
翌朝、私たちは高瀬の会社へ向かった。
私と真壁刑事。
佐伯課長。
そして榊原。
高瀬隆志が転落死してから二日。
社長を失った会社は営業を止めていた。
入口には、
臨時休業
と書かれた紙が貼られている。
従業員の姿も少ない。
「十五年前のロッカーなんて、残ってるんですか」
私は榊原に訊いた。
「ロッカーは替わってる」
「じゃあ証拠は?」
「壁はそのまま」
榊原は迷わず階段を上った。
三階。
今は倉庫として使われている部屋だった。
棚には古いファイルと段ボールが積まれている。
奥の壁に、金属製のロッカーが六台。
「昔はここが女子更衣室だったの」
榊原が一番端を指した。
「千佳のロッカーはそこ」
真壁がロッカーを動かすよう会社側に頼んだ。
男性社員二人が手をかける。
重い金属音。
ロッカーの裏から灰色の壁が現れた。
何もない。
「どこです?」
真壁が訊く。
榊原がしゃがみ込んだ。
床から三十センチほどの位置。
壁紙の角に指を当てる。
「ここ」
よく見れば、一部だけ色が違う。
壁紙を剥がす。
その下に四角い切れ目があった。
真壁が手袋をつけ、薄い板を外す。
空洞。
中に、
茶色い封筒が入っていた。
私は息を止めた。
十五年間。
誰にも見つからず、
ここにあった。
真壁が慎重に取り出す。
一つではない。
封筒が三つ。
小さなICレコーダー。
写真。
手帳。
そして黒いビニール袋。
「触らないでください」
真壁が私たちを止めた。
床にシートを敷き、一つずつ並べる。
最初の封筒。
表には母の字。
相原奈緒について
胸が高鳴った。
中にはコピーされた書類が入っていた。
勤務表。
給与明細。
会社の振込記録。
「相原さんは経理担当だったんですか」
真壁が訊く。
「総務」
榊原が答えた。
「私の部下だった」
書類には、奈緒の名前が何度も出てくる。
しかし奇妙なものがあった。
毎月二十五日。
会社口座から一定額が振り込まれている。
振込先名義。
A-07
「これ……」
私は以前の話を思い出した。
存在しない人間に金が払われていた。
「これがその口座ですか」
榊原が頷いた。
「千佳が最初に見つけた」
「A-07って何です?」
「分からなかった」
「高瀬さんは?」
「知ってたはず」
振込額は毎月二十八万円。
一年以上続いている。
会社の経費としては小さくない。
なのに摘要欄には、
業務委託費
としかない。
「相原さんはこれに関わっていた?」
真壁が訊いた。
榊原は答えた。
「振込処理をしてた」
「じゃあ彼女なら口座の正体を知っていた」
「そう」
次の封筒。
六月二十一日
日付だけが書いてある。
開ける。
中には一枚の地図。
佐伯が顔を強張らせた。
「ここ……」
「知ってるんですか」
私が訊く。
「あいつが死んだ場所だ」
佐伯の息子。
十七歳で交通事故に遭った道路。
赤いペンで丸がつけられている。
その横。
23:40
私は真壁を見る。
死亡通知に何度も現れる時刻。
午後十一時四十分。
「偶然じゃない」
私が呟く。
誰も否定しなかった。
地図の裏には母の字で、
奈緒さんを行かせない。
と書かれていた。
佐伯がその文字を見る。
「行かせない……?」
私は榊原を見る。
「母が奈緒さんを呼び出したんじゃなかったんですか」
榊原が首を振った。
「私はそう聞いた」
「誰から」
「奈緒さん本人」
「母に呼ばれたって?」
「そう」
矛盾している。
母は奈緒を呼び出した。
でも母自身のメモには、
奈緒さんを行かせない。
「誰かが母になりすました?」
私が言う。
真壁がこちらを見る。
「電話なら可能です」
「十五年前ですよ」
「携帯電話はあります」
「声は?」
「文字の可能性もある」
榊原が突然顔を上げた。
「メール」
「え?」
「奈緒さんが言ってた」
榊原は記憶を探るように額へ手を当てた。
「千佳からメールが来たって」
「残ってませんか」
「警察が携帯を回収したはず」
真壁がメモを取った。
「確認します」
私は三つ目の封筒を見る。
もし私に何かあったら
母の字だった。
開ける。
十数枚の写真。
奈緒。
高瀬。
父。
知らない男。
病院の駐車場。
銀行。
会社。
誰かを尾行して撮ったような写真ばかりだった。
その中に一枚だけ、
子どもの写真があった。
小学校低学年くらいの女の子。
後ろ姿。
赤いランドセル。
私は写真を手に取ろうとして、
真壁に止められた。
「触らないで」
「この子がA-07?」
「まだ分かりません」
榊原は写真を見るなり、顔を逸らした。
私は気づいた。
「知ってるんですね」
「……」
「誰ですか」
「今はその話じゃない」
「ずっとそうやって隠してきたから、人が死んでるんでしょう」
榊原の顔が歪んだ。
それでも言わなかった。
代わりに真壁がICレコーダーを見た。
「十五年前の物なら、電池は切れてるでしょうね」
会社に確認を取り、データを別の機器へ移すことになった。
十分ほどして、
音声が再生された。
ザーッ。
雑音。
そして、
女の声。
『……もうやめたい』
榊原が口を押さえた。
「奈緒さん……」
相原奈緒。
十五年前に死んだ女性社員。
録音された彼女の声。
続いて男。
『今さら無理だ』
聞き覚えがある。
私は榊原を見る。
「高瀬さん?」
頷く。
録音の中で奈緒が言った。
『あの子には関係ないでしょう』
高瀬。
『関係なくない』
『約束が違う』
『お前が余計なことをしたからだ』
『千佳さんには話してない』
『信じられるか』
『本当に話してない』
しばらく雑音。
そして高瀬が言った。
『二十一日、車に乗れ』
奈緒の声。
『嫌です』
『乗れ』
『何をさせるつもり?』
『お前は知らなくていい』
『人を殺すんですか』
全員が動かなくなった。
録音の中で、
高瀬はすぐには答えなかった。
そして低い声で、
『事故だ』
と言った。
佐伯が立ち上がった。
「止めろ」
誰も動かない。
『事故にする』
佐伯がレコーダーへ手を伸ばす。
真壁が止めた。
「最後まで聞きます」
「俺の息子のことだ!」
「だから聞くんです」
佐伯の手が震えている。
録音は続いた。
奈緒。
『できません』
高瀬。
『お前が運転するだけだ』
『誰を』
『知らなくていい』
『嫌です』
『だったら、あの子がどうなってもいいんだな』
沈黙。
奈緒が泣き始める。
『やめて』
『二十一日、十一時半』
『お願い』
『場所はメールする』
そこで録音は切れた。
部屋に、
機械の小さな作動音だけが残った。
佐伯は壁にもたれた。
十五年前。
息子の死。
事故ではなかった。
少なくとも、
高瀬は事前に知っていた。
「高瀬が……」
佐伯の声が震える。
「あいつを殺した?」
真壁は答えない。
「奈緒さんは命令されていた」
私は言った。
「でも、どうして課長の息子さんを?」
誰も答えられなかった。
私は封筒の中を見る。
さらに一枚。
母のメモ。
佐伯さんに知らせる。
その下に、
奈緒さんを止める。
母は止めようとしていた。
やっぱり。
母は加害者なんかじゃ――
そう思った瞬間。
真壁が別の紙を取り出した。
「これは?」
複写式の書類だった。
古い会社の内部報告書。
表題。
不正行為に関する調査報告
対象社員。
相原奈緒。
内容。
会社資金の不正流用。
架空口座への送金。
情報の持ち出し。
真壁が最後の欄を見る。
「通報者」
私は覗き込んだ。
そこに、
母の名前があった。
水城千佳。
「母が……?」
日付を見る。
六月十日。
佐伯の息子が死ぬ十一日前。
奈緒が死ぬより前。
母は奈緒を守ろうとしていた。
そう思っていた。
でも同時に、
会社へ奈緒の不正を告発している。
「どういうこと……」
榊原は目を閉じた。
「だから言ったでしょう」
私は彼女を見る。
「何をですか」
「千佳と奈緒さんは、味方同士なんかじゃなかった」
「でも母は奈緒さんを止めようとして」
「最初は違った」
榊原が静かに言った。
「千佳は、奈緒さんを会社から追い出そうとしてたの」
私は報告書を見る。
母の署名。
間違いなく、
水城千佳。
その横に、
手書きで一言添えられていた。
刑事告発を希望する。
私は息を止めた。
十五年前、
一人の女性社員が死んだ。
相原奈緒。
その女性を死の直前まで追い詰めていた人間の中に、
母もいた。
そして母は、
彼女を警察に突き出そうとしていた。
コメント
1件
おお、第13話…重いっすね。証拠の隠し場所とか、十五年前の録音が飛び出してきたときの衝撃がすごかった。母が奈緒さんを追い詰めてた側だったってのが辛いな…でも「行かせない」ってメモとの矛盾が気になる。佐伯課長の息子の死も事故じゃなかったっぽいし、ここからどう繋がるのか。続きが気になりすぎる🔥