約束の店へいくと、千秋はまだ来ていなかった。
奈緒は先に予約席へ案内される。
奈緒が席に着くとすぐに千秋がやって来た。
「ごめんごめん、遅れちゃった」
「私も今来たとこだよ。忙しいのにありがとうね」
「ううん、大丈夫。私も奈緒に会いたかったからさ」
千秋はそう言って久しぶりに会う親友の顔をじっと見つめる。
奈緒は以前よりも少し痩せたように見えた。しかし思ったよりも元気そうだったので少しホッとする。
婚約者の死後ずっと塞ぎ込んでいた親友が今日この場に来てくれたのだ。それだけで千秋は感無量だった。
思わず千秋の目に熱いものがこみ上げてくる。
それに気付いた奈緒が穏やかに言った。
「千秋、色々心配かけてごめんね。でも、もう大丈夫だから」
「う……うん。なんかあたしが泣いちゃってごめん。でもね、思ったよりも元気そうで安心したよ」
「思い切って会社を辞めたのが良かったのかも。あ、あと引越しもね」
「フフッ、そうなんだ。でも海からは少し遠くなっちゃったね」
「それだけがちょっと残念だけど。あ、でも今の所は大都会って感じで凄く刺激があっていいよ」
「そっか! じゃあ奈緒はこれから私と一緒にバリキャリコースまっしぐらだね」
千秋が茶化すように言ったので、思わず二人同時に声を出して笑う。
それから二人はメニューを見た。
「グラスワインでいっか? 赤にする? 白にする?」
「ポリフェノール不足気味だから赤にしようかな?」
「うん、じゃあ私も赤! ポリフェノールは肌を美しくするからねぇ」
「肌? 千秋は昔から肌綺麗じゃん」
「寄る年波にはかなわないっつーの」
そこで二人はまたクスクスと笑う。
そしてワインが運ばれて来ると乾杯をした。
「では、奈緒の転職と引越しを祝してかんぱーい」
「ありがとう~」
二人はグラスをカチンと鳴らすとワインを一口飲む。
「で? で? 来週からあの今を時めく CyberSpace.inc で働くんでしょう? いいなぁ、あそこって本社は最先端のオフィスビルだし社員の平均年齢も低くて頭脳明晰の精鋭集団でしょう? 絶対刺激的に決まってるじゃんっ、もう羨まし過ぎよぉ~」
千秋が興奮したように言った。
「あの会社、そんなにすごいの?」
「そうだよ。私のいる部署って理系パソコンオタクの社員ばっかりじゃん? だから今度友達が CyberSpace.inc に転職するんだよーって話したら、みんな羨ましいって言ってるもん」
千秋が勤めている会社は、パソコン製造で有名な一部上場の大手電機機器メーカーだった。
社内には理系の優秀な社員が大勢いる。そのエリートたちの間でも深山省吾の会社は人気らしい。
「でもさぁ、いきなり秘書としてだよ、ちゃんとやれるかなぁ?」
「奈緒なら大丈夫だよ。だって今までの仕事だって秘書みたいなもんだったじゃん。ただ今までと一つ違う点は、サポートする相手があの深山省吾って事! まさか親友の奈緒が今を時めく深山省吾の管理するなんてねーっ、なんか考えただけで萌えだわぁ~」
千秋がうっとりした顔で言う。
「逆でしょう? 管理職は向こうだもん」
「えっ? じゃあ何? 奈緒が彼に管理されちゃうの? なんかそれも激萌え~~~」
千秋の興奮は止まらない。
「そんな事言っていいのー? 陽人さんに言っちゃうぞ~千秋が浮気心を出してるってね」
「あら、これは浮気心なんかじゃないわよ、ミーハー心♡」
千秋は腑抜けた顔で否定する。
千秋には付き合って二年になる古賀陽人(こがはると)という恋人がいた。
陽人は千秋と同じ会社に勤めるエンジニアで歳は38歳。千秋より7歳も上だ。
千秋の話によると陽人は千秋にベタ惚れで、7歳年下の千秋の事が可愛くて仕方ないらしい。
奈緒はそんな仲睦まじい二人の様子をいつもあたたかい目で見守っていた。
本当は徹を千秋に紹介する時に、奈緒も陽人に紹介してもらう予定だった。
しかしそれも叶わぬままだった。
「それにしてもよ? 海で出逢った後偶然面接で再会って……それってまるでドラマの展開じゃん」
「でしょう? さすがに私もびっくりしたわ」
そこで千秋は携帯を取り出すと『深山省吾』と検索をかける。
そしてヒットした省吾の写真を見ながらうっとりとして言った。
「あーっ、羨ましい! 毎日この顔を拝みながら仕事が出来るなんて……あーほんと羨まし過ぎるっ! ちょいとお姉さん、こりゃあ会社に行くのが毎日楽しみ過ぎやしませんかいっ? あんっ?」
千秋の変な口調に、思わず奈緒が吹き出す。
「あははっ、千秋ったら変なの~」
奈緒は腹を抱えて笑う。どうやらツボにはまったようだ。
そんな笑顔の奈緒を見つめた千秋は、感慨深げに言った。
「奈緒の笑顔が見られて良かったよ。やっとこっちに戻って来たね、お帰り、奈緒!」
親友のあたたかい言葉に思わず奈緒の胸が熱くなる。
「千秋……今まで色々と心配かけてごめんね。私、これからちゃんとしっかり頑張るから」
「頑張り過ぎなくていいよ。徐々にゆっくりぼちぼちと……ね!」
「うん……そうだね」
二人は涙で潤んだ瞳で見つめ合うと、同時にフフッと笑った。
「ワイン、もう一杯いっちゃおうか?」
「うん、いっちゃおう!」
二人は同時に手を挙げスタッフを呼んだ。
その後二人は美味しいイタリアンを堪能しながら、積もる話に花を咲かせた。
コメント
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奈緒さんはまだ『深山省吾』って人のことをよく知らないからこれから省吾さんにしっかりと管理されちゃいそうo(^▽^)oワクワク💖 千秋さんの方がハイになっててこれらから2人のことを激イジりしそう😂 ステキな千秋さんがそばにいてくれて良かったね、奈緒さん😉💕
奈緒ちゃんの気持ちに寄り添い泣いたり笑い合えたり🫶千秋ちゃんって心がとってもキレイで暖かい素敵な親友だな💕 出社前に千秋ちゃんに会えて癒やされ気持ちが前向きになれたね🥰
いつものようにまくぅがあぁき(『喝采』より)あ。ありゃ、苗字が「ちあき 」やった。あ、「ちあきなおみ」の「み」を取ったら、「ちあき」と「なお」や。