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#つかあま
春鮫
163
朝。
「おはよ」
澪継が言う。
「おはよー」
春真が返す。
靴を履き替える音。
廊下を歩く音。
いつもの朝。
「……なあ」
澪継が言う。
「何」
「……面白いって」
昨日の続き。
「うん」
「……何」
そのまま聞く。
「は?」
春真が少し笑う。
「急だな」
「……分からないから」
誤魔化さずに言う。
「……」
春真は少し考える。
「なんかさ」
言葉を探しながら。
「予想と違うとか、へえってなるとか、そういうのじゃね?」
軽い説明。
でも――
嘘ではない。
「……予想」
澪継は小さく繰り返す。
「うん」
「……そっか」
短く返す。
けれどその顔は、少しだけ遠かった。
教室。
「……おはよ、坂本」
「ああ」
「……昨日の英語」
「何」
「……この文法」
ノートを開く。
「ここ、なんでそうなる」
「それは――」
説明。
短い。
簡単。
「……ありがと」
「おう」
それだけ。
そのくらいの距離。
そのくらいが、ちょうどいい。
三時間目後。
「なあ」
いつもの声。
「昼な」
「……うん」
澪継は頷く。
「今日さ」
一人が笑う。
「ちょっと変えてよ」
昨日の続きみたいに。
「……」
澪継は少しだけ黙る。
「予想通りつまんねえし」
笑いながら言う。
軽く。
冗談みたいに。
でも――
意味は残る。
「……」
澪継は答えない。
「聞いてる?」
「……聞いてる」
小さく返す。
「じゃあ考えといて」
その一言だけ残る。
昼休み。
机が動く。
空間ができる。
「来い」
呼ばれる。
歩く。
止まらない。
「……最初に」
澪継が言う。
「最後、一個。区切る」
そこまでは、いつも通り。
「はいはい」
流される。
そして。
「で?」
一人が笑う。
「今日は?」
「……」
視線が集まる。
“変えろ”という空気。
“自分で考えろ”という空気。
「……」
息が少しだけ浅くなる。
予想と違う。
面白い。
昨日聞いた言葉が、頭に残る。
「……」
でも。
分からない。
何を変えればいいのか。
どこを変えれば正解なのか。
「おい」
急かされる。
「……」
澪継は、小さく息を吸う。
それから。
「……順番だけ」
言う。
「変える」
「へえ?」
少しだけ空気が動く。
「……後ろから」
短く。
「今日は」
「……」
数秒。
それから。
「いいじゃん」
誰かが笑う。
「やっと考えた」
軽い声。
「……」
澪継は返さない。
ただ、始める。
囲まれる。
視線。
笑い。
距離。
全部同じ。
でも――
順番だけが違う。
それだけで。
空気が少し違う。
「お」
「なんか新鮮」
そんな声。
「……」
澪継は、ただ続ける。
変えたのは少しだけ。
でも。
少しだけでも、
“自分で選んだ”ものだった。
途中。
「次」
自分で言う。
そのとき。
「なあ」
一人が近くで言う。
「それ、自分で考えた?」
「……」
澪継は少しだけ止まる。
「……うん」
短く返す。
「へえ」
笑う。
「そういうの出来んだ」
その言い方は軽い。
でも――
少しだけ、違った。
見方が。
最後。
「……これで最後」
いつものように言う。
「区切り」
「はいはい」
もう誰も止めない。
そのまま終わる。
席に戻る。
座る。
呼吸を整える。
「……」
胸の奥が少しだけ重い。
上手くいったはずなのに。
なぜか。
軽くならない。
「なあ」
後ろ。
坂本。
「……うん」
「今日」
「……」
「自分で変えた?」
「……変えた」
「なんで」
少しだけ間。
「……言われたから」
正直に言う。
「……そっか」
坂本はそれだけ言う。
でも少しして。
「それ」
「……うん」
「お前が変えたっていうのか?」
「……」
言葉が止まる。
「……」
返せない。
「……」
坂本はそれ以上言わない。
でも。
その言葉だけが残る。
放課後。
「帰る?」
春真。
「……うん」
並ぶ。
歩く。
「今日どうだった?」
いつもの問い。
「……変えた」
澪継が言う。
「何を」
「……順番」
「へえ」
春真は少し笑う。
「よかったじゃん」
「……」
澪継は黙る。
「何」
「……分からない」
小さく言う。
「何が」
「……自分で変えたのか」
言葉にする。
「言われたから変えたのか」
足が少しだけ止まる。
春真が澪継を見る。
「……」
珍しく、すぐ返さない。
「……それ」
少し考えてから。
「一緒じゃね?」
軽く言う。
「……」
澪継は黙る。
「自分で選んだなら」
春真は続ける。
「別に」
本当に軽い声。
悪気はない。
ただ。
その軽さが――
澪継には遠かった。
「……そっか」
短く返す。
それ以上は言わない。
家の前。
静かに立ち止まる。
「……なあ」
澪継が言う。
「何」
「……春真って」
少しだけ迷う。
「……分からないこと、ある?」
その問いに。
春真は少しだけ笑う。
「あるに決まってんじゃん」
あっさり。
「毎日ある」
「……」
澪継は少しだけ目を上げる。
「……そっか」
それだけ返す。
でも。
少しだけ。
胸の奥が静かになる。
玄関。
「ただいまー」
「おかえり」
「……ただいま」
返事はない。
変わらない。
でも――
今日は。
少しだけ違った。
澪継は
・自分で変えた
・それを見られた
・それが本当に自分か迷った
小さい変化。
でも。
その迷いは、今までよりずっと深かった。
「……」
部屋に入る。
ドアを閉める。
静かに。
「……一緒」
小さく呟く。
言われたことと。
自分で決めたこと。
その境目が――
少しずつ、
分からなくなり始めていた。
コメント
1件
このエピソード、すごく好きでした。澪継が「自分で変えたのか、言われて変えたのか」で迷うところ、坂本に核心を突かれて言葉を失う場面が特に響きました。春真が軽く「一緒じゃね?」って流すのも、あの軽さが却って澪継の孤独感を際立たせてて。小さな変化なんだけど、迷いが深くなっていく終わり方がとても良かったです。