翌朝、優羽はホテルをチェックアウトしてから長野に帰る前にもう一度事務所へ寄った。
カタログのコーディネート用に購入した物を全て事務所へ持って行き、撮影の時にすぐに持ち出せるよう段ボール箱にまとめておいた。
長野で撮影をする際にはこれを必ず持って来て下さいと二人に念を押す。
その作業が一段落すると井上がコーヒーを入れてくれたので、三人は軽く打ち合わせをする。
そして正午前に優羽は事務所を出る事にした。
事務所を出る際、
「今度は長野で会いましょう!」
「気をつけて帰って下さいね」
二人は笑顔で見送ってくれた。
優羽はそのまま私鉄に乗り新宿駅へ向かった。
この時間に新宿を出れば流星の保育園のお迎えに間に合う。
優羽はこんな長い時間流星と離れていたのは初めてだったので、早く流星に会いたくて仕方がなかった。
新宿駅に着いた優羽は、すぐに松本行きの電車が出るホームへ向かう。
電車に乗る前にお昼ご飯と飲み物を買おうと思い売店へと歩き始める。
その時、岳大の新作ポスターが昨日から貼り出されている事を思い出しホームの壁に沿って歩き始める。
すると前回と同じ場所に新しいポスターが貼ってあった。
優羽は急いでそのポスターを目指した。
傍に行きポスターを一目見た優羽は思わず息を呑んだ。
あまりにも美しいそのポスターに思わず目が釘付けになる。感動のあまりその場に立ち尽くしてしまうほどだ。
新作ポスターは前回と同じ『みくりが池』を写したものだった。しかし今回は水面に星は映っていない。
その代わりに『みくりが池』の真上には壮大な天の川が写り込んでいた。
天の川は大きなアーチを描くようにして天空を彩り、夜空にかかる橋のようにその美しい全貌を魅せていた。
その凄い迫力に優羽は思わず声を出した。
「凄い…」
粒子のような無数の星粒は夜空に深い陰影を作り出し天の川を立体的に模っている。
そしてそこにはアンドロメダ銀河やぎょしゃ座のカペラ、ペルセウス座の二重星団などがしっかりと写り込んでいた。
これはただの星景写真ではなく、天体写真としての風格も備えている。
優羽はしばらくの間その写真に見入った後、今度はポスターのキャッチコピーに視線を移した。
その瞬間、優羽の身体を衝撃が走り抜ける。
ポスターに書かれていたコピーはこうだった。
『君を幸せにするために僕は星屑を掬って空へと放つ』
それを見た瞬間、優羽の瞳からはみるみるうちに大粒の涙がこぼれ落ちて来た。
人々が慌ただしく行き交う東京の雑踏の中で、ただ一人立ちすくみ涙を流す女性がいた。
強い精神力と溢れるほどの愛情を兼ね備えたその女性は、守るべきものの為にただひたすら必死に生きてきた。
そしてもう一人、山のように雄大な心を持った男性がいた。
その男性は女性の為に水面に落ちた星屑を全て拾い上げ夜空へと解き放ったのだ。
男性もまたこの大都会東京にいた。
男性は女性が幸せになる為に、全ての星屑を拾い尽くして夜空に掛かる天の川という大きな橋へと変えた。
その橋は幸福へと続く橋だ。
男性はただ女性に幸せになって欲しい一心でこのポスターを作り上げたのだった。
優羽が乗った電車は長野へ向かって走り始めた。
優羽は窓の外を眺めながらまだ泣いていた。
なぜだかわからないが、彼女の瞳からはとめどなく涙が溢れていた。
優羽は今、岳大に対する特別な想いが湧き上がってくるのを感じていた。
その想いは、実は出逢った時からもう既にあったのかもしれない。
しかしその想いに気付かないようにとあえて自分で自分の気持ちに蓋をしていたのかもしれない。
なぜなら、自分にはその想いをどうにかする資格などないと思っていたからだ。
電車が進むにつれ東京の高層ビル群が遠ざかって行く。
優羽は窓に映る都会の景色を眺めながら、自分が岳大から遠ざかって行く現実を目の当たりにしていた。
そして更にむせび泣く。
その時電車の警笛が切ない音色を奏でた。
二人の距離はどんどん広がっているのに、二人の心の距離はどんどん近づいているような気がした。
優羽は流れゆく窓の景色を見つめながら、いつまでも声を押し殺して泣き続けた。
コメント
4件
きゃー「君を幸せにする為に〜」って岳大さんから優羽ちゃんへの愛のメッセージじゃん😭😭😭
『君を幸せにするために僕は星屑を掬って空へと放つ』 岳大さんからのメッセージですよね…🥹 受け止めて自分の気持ちを解き放って…🥺
一枚のポスターが優羽さんの気持ちをつかんだのね。感動しましたよ(*^.^*)