人事部長の杉田が奈緒の傍まで来て言った。
「じゃあ履歴書をお預かりしてもよろしいでしょうか?」
奈緒は慌てて履歴書を差し出す。
すると杉田はすぐに部屋の隅にあるコピー機まで行くと、コピーを三部取り他の面接官へ配った。
「あ、コピーした分は面接後にすぐシュレッダーにかけますから」
「はい」
奈緒はコクンと頷く。
面接官四人は、一斉に奈緒の履歴書に目を通す。
そしてまずは杉田が質問をした。
「えぇと、前の会社を辞めた理由は一身上の都合とありますが、それは具体的には?」
「あ、はい」
この質問は絶対にされるだろうと思い、奈緒はちゃん答えを用意していた。
「前の会社ではとても充実した毎日を送っていました。そして気付くとあっという間に十年が経っていて、その時ふと思ったんです。もう少し違う世界も経験してみたいなと。ちょうど十年で区切りもよかったですし、もしかしたら今が最後のチャンスかもしれないと思い、御社の募集に応募させていただきました」
「なるほど! チャレンジ精神があるのは凄く良い事だと思いますよ。人間っていうのはいつも同じ環境にいるとつい惰性で生きてしまう生き物ですからね」
杉田の言葉に、経理部長の村田が茶化すように口を挟む。
「だったら杉田ちゃんも思い切って違う世界に羽ばたいてみる?」
すると杉田以外が声を出して笑った。
「やめて下さいよぉ~、クビは勘弁して下さい! うちは去年子供が生まれたばっかりなんですからぁ~」
そこでまたどっと笑いが起こる。
釣られてつい奈緒も笑ってしまったが、今は面接中だったという事を思い出し慌ててすまし顔に戻る。
そこへ杉田が続けた。
「まぁ10年同じ会社にいると次にステップアップしたくなる気持ちはよくわかりますよ。実は僕も転職組ですから」
「そうなんですか?」
「はい。ここにいる強引なCEOに引き抜かれましたからねぇ。まあ結果的に転職して正解だったと思っていますけどね」
笑顔で言う杉田の言葉に奈緒は大きく頷く。
すると今度は紅一点の村田が奈緒に質問をした。
「経理はまだ少ししか経験していないみたいですが……あ、でも簿記二級を持っていらっしゃるのね」
「はい。経理の経験はまだ日が浅いのですが、その前は営業推進本部に所属していました。そちらでは主に男性社員のサポート業務に従事しておりました」
「サポートって言うのは?」
「はい、外回りの多い男性社員を内側で支える業務です」
「それって内助の功的な感じかしら? そういえば麻生さんは秘書検定の一級も持っていらっしゃるのよね?」
「はい、それは社会人二年目に取りました」
「へぇ……お勤めしながら資格取得なんて偉いわねぇ~」
村田は感心したように呟く。
その横で、省吾が『秘書検定一級』というワードに強く反応した。
そこで省吾が奈緒に聞く。
「ちなみに今日は経理の採用で面接に来ていただきましたが、それがもし秘書の仕事に変更になってもうちに来ていただく事は可能ですか?」
突然の省吾の言葉に、他の三人がどよめく。
そこで村田が慌てて言った。
「ちょっとちょっと省吾ちゃーん、今日はうちに来てもらう人の面接なのよ~、勝手に横取りしないで~」
「そうだぞ省吾、今日は経理部の欠員募集なんだからな」
公平も慌てて言った。
しかし省吾は全く気にする様子もなく奈緒の答えを待っている。
想定外の質問をされた奈緒はかなり戸惑っていた。
経理の仕事を受けに来たのに突然秘書と言われたのだ。
確かに奈緒は秘書検定の資格を持っているが秘書としての実務経験はない。
だからいきなり秘書の仕事など務まる訳がないと思っていた。
「秘書業務は未経験ですし、正直あまり自信が……」
奈緒はあえて正直に答えた。ここで嘘をついたり見栄を張っても後で困るのは自分だ。
「そうよねぇ、経理の募集で来たのにいきなり秘書なんて言われても困っちゃうわよねぇ。省吾ちゃん、そういう事だから今回は諦めてちょうだい」
村田は勝ち誇ったように言う。
しかし省吾は諦めない。
「うん、でも前の会社ではサポート業務をやってたんですよね? それって秘書業務に通じる事なんじゃないかなぁ? ちなみにそのサポート内容ってどんなものだったのか、大体でいいので教えてくれませんか?」
「はい……えっと、ペアを組んだ相手が持ち帰ったデータを整理をしたり、外回りのスケジュールを調整をしたり、出張の手配や手土産の用意。それに会議の準備や資料作り。あとは普通に電話対応や郵便物の発送等、主な業務はこんな感じでした」
奈緒の説明を聞いた省吾はニンマリと笑う。
「それって、ほとんど秘書業務だよね?」
そこで公平が唸りながら言った。
「言われてみれば確かにそうだなぁ……」
「ちょっとぉ~マジで彼女を秘書にするつもり~? だったら経理の補充はどうなるのよぉ~」
村田が不満気に訴える。
「経理はまだ募集をかけたままなんだろう?」
「はい、経理の募集には現在十数名の応募が来ています」
「だったらその中から選べばいいだろう? 元々麻生さんはKDSDの加賀さんからの紹介なんだからさ。だから今回はノーカウントって事で」
村田はまだ納得がいかないようだったが、しぶしぶ引き下がる。
そこで人事部長の杉田が口を開いた。
「まぁ省吾さんはずーっと秘書を探していたのに今まで全然決まらなかったですからねぇ。それにお二人はお知り合いみたいだからちょうどいいかもしれません。どうです? 麻生さん? 深山の秘書として是非うちに来ていただけませんか?」
奈緒は突然そんな事を言われたのでびっくりする。
(えっ? 採用の結果って今この場で出るものなの? 普通は後日連絡じゃ?)
奈緒はこの場で返事を求められたのでかなり焦る。しかし今断れば、この会社で働くチャンスを逃してしまうかもしれない。
奈緒は今日この会社へ来て、ここで働いてみたいと思っていた。だからこのチャンスを逃してはならないような気がした。
次の瞬間、奈緒の口からは勝手に言葉が突いて出る。
「未経験の分野なので至らない点が多々あると思いますが、是非よろしくお願いいたします」
奈緒はそう言って椅子から立ち上がると、四人に向かって深くお辞儀をした。
そんな奈緒の姿を、省吾は少し頬を緩めながら満足気に見つめていた。
コメント
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やった!ここから運命が動き出す💞
めたすたが ここを飛ばして 次読んだ 戻って読んでみたら、奈緒が秘書検1級やて。 大人しく 引っ込んどけよ 名取美沙。 あんた、よぅ3級でドヤ顔でけたな。
奈緒ちゃん、秘書検定1級持ってるなんて、もう、早急に秘書を求めてる省吾さんは、グイグイ来ますね~😂 でも、前の会社でのサポートは、ほとんど秘書みたいだし、きっと大丈夫だよ~🙆 美沙の敗北、決定でーす😜 いよいよ、二人の物語が進みそうで、ワクワクしてます🤩