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テラーノベルの小説コンテスト 第4回テノコン 2025年1月10日〜3月31日まで
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面接の帰り道、奈緒の足取りはフワフワしていた。なんだか夢の中にいるような気分だ。



その後の話し合いで、奈緒は五月の連休明けから秘書として採用される事になった。

まさか今日採用が決まるとは思ってもいなかったので、信じられない気持ちでいっぱいだ。



(こんなにあっさり決まっていいの?)



あまりにも上手くいき過ぎて逆に不安になる。



とりあえず駅に着いた奈緒は、今回世話になった元上司の加賀に報告の電話を入れた。

加賀は在席していてすぐに電話口に出た。



「麻生君どうだった? 面接は今日だったんだろう?」

「はい。お陰様で無事に採用していただける事になりました。これも加賀部長のお陰です。本当にありがとうございました」

「そうかそうか、いやぁ良かった。深山君には私からもよろしく伝えておくよ! で、仕事はいつからなんだ?」

「ゴールデンウィーク明けからです。引越しをしたいと伝えたら、少し遅めにして下さいました」

「じゃあこれからは色々と忙しくなるな」



加賀は心なしか嬉しそうに声が弾んでいる。



「それと……」

「ん? どうした?」

「実は経理の募集で面接に行ったのですが、なぜか秘書として採用されまして……」

「秘書? という事は深山君の秘書か?」

「はい」

「ほーっ、そういう事か! 実は深山君はかなり前から秘書を探していたんだよ。募集をかければ山ほど応募が来るのに、なぜか決まらないって人事部長がいつもぼやいていてねぇ。その秘書にまさか麻生君が抜擢されるとはなぁ……」



加賀が嬉しそうに言った。



「私もびっくりしました。秘書としての実務経験がないので自信がないのですが……」

「いや、麻生君なら適任だよ。君のサポート力は超一流の秘書並みに優れていたからなぁ。だから徹はあれだけの実績を残せたんだ」



加賀はしみじみと言ったが、徹の話が出たので奈緒は黙り込んでしまう。

それに気付いた加賀が慌てて言った。



「ごめんごめん、せっかくめでたいのに徹の話なんて持ち出して悪かった、すまない」

「いえ…お気になさらずに」

「まあでも、新しい環境で新しい仕事に就くというのもなかなか刺激的でいいじゃないか。慣れるまで少し大変かもしれないが、忙しくしていれば余計な事も考えなくて済むからね。目の前の事に集中していれば、いずれ時薬(ときぐすり)が解決してくれるさ……麻生君ならきっと大丈夫! しっかり頑張れよ!」



(時薬……)



その時奈緒は、本当に時間が解決してくれればいいのにと思った。




加賀との電話を終えた奈緒は、ホームへ移動する。

そして次の電車が来るまでの間、母・聡美へメッセージを送る。



【無事に就職決まりました。これから引越しの準備に取り掛かります】



この時間、母の聡美はパート中だろう。このメッセージを見たら夜にでも電話が来るだろう。



携帯をポケットへしまうと、奈緒は面接会場にいた省吾の顔を思い出す。

あの日海で初めて会った時、奈緒は省吾の顔に見覚えがあった。それは彼が有名人だったからなのだ。

おそらく奈緒は省吾の顔を、雑誌やテレビ等で見た事があったのだろう。



(ドラマのような偶然って本当にあるのね)



思わず奈緒はフフッと笑う。笑ったのは久しぶりのような気がした。

不思議な事に、昨日まで鎧のように重く感じていた奈緒の身体は、少し軽くなっているような気がした。



『神様がくれたチャンス』



そんな言葉が奈緒の頭を過る。



(そうよ……これはきっと神様がくれたチャンスなのよ。だから、もう一度だけ頑張ってみよう)



ちょうどその時ホームへ電車が滑り込んで来たので、奈緒は軽やかな足取りで電車へ乗車した。




翌日から奈緒は急に忙しくなった。引越しへ向けて動き始めたからだ。

今奈緒が住んでいるアパートは、神奈川県の海に近い街にある。このアパートには大学時代から住んでいた。

しかしここから CyberSpace.inc まで通うとなるとかなり遠い。

だからこの転職を機に会社の近くへ引越そうと思っていた。


長年住んだ愛着のある町を離れるのは淋しかったが、ここには徹との思い出が溢れている。

部屋のあちこちに徹の面影が染みついているので、奈緒は一刻も早く離れたいと思っていた。


奈緒はその日から物件を探し始めた。

ネットでいくつかの物件をチェックして、すぐに内見の予約を入れる。


それと同時に引っ越し業者に見積もりを頼んだ。

見積に来てくれた業者がとても感じが良かったので、引越しはそこへ頼む事にした。

その日のうちに段ボールを持って来てくれたので、少しずつ荷造りも始めた。


ベッドやテーブル、ソファーなど、徹の思い出が染みついた家具は全て処分する事にする。

新居での家具は、結婚資金として貯めていた預金の一部で新しく買い替える事にした。

奈緒はこの引越しを機に、徹との関係にしっかりと終止符を打とうと決めた。



いくつかの物件を内見した後、奈緒は駅近の八階建てのマンションの三階の部屋を借りる事にした。

間取りは1LDKで、家賃も希望の範囲内だった。

直線距離にしたら、会社から3キロ以内という近さだった。この近さならもし何かあってもタクシーを気軽に使える。


奈緒はその日のうちに賃貸契約を済ませると、本格的に荷造りを始める。

そしてその合間に大型家具店へ行き、新しいベッドとダイニングテーブル、そしてソファーを購入した。

家具は引っ越し当日に新居へ届けてもらうよう手配した。



徹の死以降、ずっと暗い気持ちだった奈緒の心は、忙しさの中で次第に元気を取り戻していく。



(思い切って転職を決断して良かった)



奈緒は心からそう思った。



そして10日後、引越しの日を迎えた。


引越し業者が全ての荷物を運び出した後の何もないガランとした部屋にいた奈緒は、この愛着のある部屋に最後の別れを告げた。



(今までありがとう。次にここに住む人がどうか幸せになりますように)



奈緒はそう願いながら、奈緒は思い出のアパートを後にした。

銀色の雪が舞い落ちる浜辺で

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