テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
バイクの鉄の熱が顔に触れた瞬間、世界が裂けるように痛んだ。晃司が俺を乱暴に引きずった──スローモーションみたいに、靴の音、砂利の擦れる音、俺の皮膚が地面に擦れる音が全部混ざって耳に刺さる。風が顔に叩きつけられ、唇の端が切れて苦い血の味がした。
「てめえ、まだ生きてんのか」
晃司の声が耳元で響く。怒りは制御を失っていて、言葉の端々が尖っていた。友人たちが周囲で囃し、誰も止めようとしない。
俺は必死に足を引きずり、地面に爪を立てて抵抗しようとした。だがすぐに体が滑り、膝が砂利で抉られるように焼けて、身体がひゅうと縮んだ。
痛みが全身に拡がる。膝、肘、そして腰のあたりにじわりと熱い感触──服の内側で皮膚が擦れている感触だ。手に伝わる衝撃で指先が痺れ、立ち上がろうとした足は血で汚れていた。視界の端に、黒い布の破れや、コンクリートにこびりついた泥の匂いが見える。顔には砂が混ざった血が幾筋か流れ、舌の横でまた鉄の苦さがした。
「動くんじゃねえ。おとなしくしろ」
晃司がバイクのエンジンを鳴らしながら言う。息が上がって喉が枯れる。胸の中の空洞がぐらつき、怒りはどこへ行ったのか分からない。ただ、痛みと恥だけがはっきりしている。
友人の一人がバイクの横に立ち、スマホで俺の様子を撮っている。赤い録画ランプが小さく瞬くのを見て、羞恥が刺さる。叫びたい気持ちが喉の奥で跳ねるけれど、声を出すたびに背中を蹴られる。叫ぶことはできない。泣けばもっと嘲られる。だから、俺は鼻をすすり、荒い呼吸で黙っている。
何度か、体を引きずられながら擦過傷が増えていった。傷口は痛みで鈍く熱を帯び、服の端は裂け、ところどころに皮膚の赤黒い擦り跡が残る。血がじんわりにじむと、上唇が震えた。手のひらでそれを拭こうとするが、砂が付いて余計に痛む。
「お前、これで学べよ。俺が本気になったらどうなるか、忘れんな」
晃司の声が冷たく響く。彼の目にあったのは“制裁”の確信で、もはや人間の目ではなかった。友人たちは笑い声を抑えつつ、回りを固める。俺はただ、膝を擦りながら自分の無価値さを数えた。
「またやったのは俺だ」
「お前はどうしてこうなんだ」
──言葉は全部自分に返る。
ようやくバイクは止まり、誰かに押されて俺は倒れ込む。息が切れ、背中から内側がきしむ感覚がある。手を差し伸べる気力はない。友人の一人が近づき、鼻先に息を吹きかけて嗤った。
「いいか、これでお前がちょっとは賢くなるなら安いもんだ」
その声に、俺は言い返す力さえ持てなかった。
部屋に戻される間、体は重たい血の匂いと砂利のざらつきで満ちていた。壁にもたれてうずくまり、膝を抱くと膝の皮膚がざらつき、じんわりと血が滲む。触ると熱かった。思考はぼやけ、ふと自分の顔が濡れていることに気づく。涙か、血か区別がつかない。
「立て、掃除だ」
晃司の声が冷たく部屋に響く。怒りは収まらない。俺は膝を擦りながら、這うように立ち上がる。身体は痛い。心はもっと痛い。自己嫌悪がまた波のように押し寄せ、俺はその痛みを自分で増幅させることでしか、ここに居続けられないと錯覚する。
夜になり、鏡の前で頭を上げる。頬にはまだ砂の斑点、唇は乾いて割れ、目の周りに薄いアザが広がっている。服は破れ、肘の皮は擦りむけて赤黒く変色している。傷の景色ははっきりしている。痛みは確かにある。その痛みを数えるたび、俺はまた自分を責める。
傷は治る。だが胸のへこみは消えない。俺は鏡の中の自分を見て、また小さく呟く。「ごめん」と、誰に向けるのか分からない言葉を口にする。身体は傷つき、心は削がれていく。それでも、晃司の怒りはまだ収まらない気配がして、明日のことを考えただけでまた震えた。