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#ホラー
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#都市伝説
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#skfn
2026年7月23日午後5時17分/■■県童ノ宮市湯湯山町東新大群■■―■■童ノ宮神社・祈祷所/栗原ミサキ
「おいおい何をやってるんだ、避けろって! ……案外、ドン臭いんだなぁ」
焦燥を感じさせる女の人の声が聞こえ、私はハッと意識を取り戻していた。まず目に飛び込んできたのは、畳にうっすらと残る古い染み跡だった。
あ、これ血痕だ……。身を横たえたままそう悟り――、思わずゾッとして上体を持ち上げた時、
「……あぁ気がついたんだね」
そう言って、私の前に立っていた白衣の女性が肩越しに一瞥してくる。
「あ、あの柴崎さん。私は――」
「ごめん。今ちょっと取り込み中。……外の警備員達に加勢を頼めたらいいんだが、見たところ彼らの装備じゃ効果は期待できなさそうだね」
やれやれだよ、と嘆息し柴崎さんは肩をすくめる。
柴崎さんが何の話をしているのか、私には全く理解できない。確か私はお祓いを受けていた真っ最中だったはず。
それがどうしてこんなに騒がしいんだろう?
事態を把握しようと祈祷所の中を見まわそうとした、その時だった。ゴロゴロと音を立てて丸い何かがこっちに転がって来た。
割と大きい。今年のマキオの誕生日プレゼントに購入したサッカーボールぐらいのサイズで髪の毛のような物がついている。
嫌だな、と私はちょっと顔をしかめていた。
サッカーボールぐらいの大きさで髪の毛が生えていると謂れて連想する者と言えば……。
そんなことを思案しているうちに――、それは柴崎さんの爪先にコツンと当たり、動きを止めた。それから、私と目が合った。
それは生首だった。こめかみに血管が浮き出るほど強く歯を食いしばった男性の頭部。
首には大きな獣に食いちぎられたかのような酷い跡があり、そこから泡の混じった赤黒い液体が信じられないほどの勢いで溢れ出ている。
「ひいっ……! あっ……あっ……!」
本当は叫びたかったが、引きつった声しか発せなかった。
ホラー作品を扱った撮影所には何度か出入りしたことはあるが、やはり本物は違う。
何がと問われたら返答に困るのだが、暴力で破壊された人体というものは、見ているだけでこちらの内臓を腐らせる、そんな恐怖を喚起する何かがあるような気がする。
相手はよく知らないとは言え、ほんの数分前まで一緒にいた人で、しかも、私のために儀式に加わってくれた男性だ。
確か名前は鳥羽リョウ、さん……。
「ウガァアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!」
怒りに満ちた咆哮が耳をつんざく。ギョッとして振りむくと、見覚えのある化け物がいた。天井すれすれの巨体を黒い剛毛に多い、白い仮面でその顔を覆った異形の者。
異形は童ノ宮の宮司さん、つまりキミカちゃんのお父さんを部屋の隅まで追い詰めていた。キミカちゃんのお父さんも錫杖を振り回して戦っているが、明らかに分が悪い。
この状況が何を意味するのかは一目瞭然だった。あいつが、私にとり憑いていたバケモノが人を殺している。
つまり、全部私のせいだ。
「確かに目を負いたくなるような惨状だね。だけど、あなたが気に病む必要もないよ栗原ミサキ」
羽根の音と全身の震えが止まらなくなった私の肩をそっと抱き、立ち上がるよう柴崎さんがうながす。
「何しろ彼はまだ死んでいないからね。後、数分も経てば目を覚ますだろうが、それじゃ塚森レイジがもたない。……やはり、私が一肌脱ぐしかないか」
思わず私は柴崎さんの端正な顔をまじまじと凝視していた。
柴崎さんは冷徹で理知的な女性の印象だが、この時ばかりはとち狂っているとしか思えなかった。
大体、一肌脱ぐって何? 義手で殴りかかるつもりだろうか?
柴崎さんの義手は特殊鋼鉄製らしいが、そんなもので、ましてや非力な女の腕力であの化け物をどうにかできるわけがない。
いやそれ以前に、と私は柴崎さんの下腹部に視線を向ける。
この人は――お腹の大きな妊婦だ。見たところ、臨月間近の。そんな身体で何かと戦うなんて無茶苦茶が過ぎる。
だけど……
「――騒がしくしてごめんね。だけど、あのおじさん達、案外頼りなくてね。今ちょっとピンチなんだ」
思わず私は目をみはっていた。
自らの腹部を慎重な手つきで撫でながら、その中にいるであろう存在に静かに語りかける柴崎さんの表情は驚くほどやわらかくあたたかい。
今更だけど、柴崎さんが母親であると実感。正直、こんな優しい顔ができる女性だとは思ってもみなかった。
「だから、みんなの命を守るためにもあなたの力、少し私に使わせて欲しい。……大丈夫。あんな雑魚怪異、あなたの力があれば十分もかからずに始末できる」
……何、その不穏な語りかけ。
そう思った次の瞬間、目の前で始まった変異に私は思わず悲鳴を――この街に来てそれでもう何度目かわからない――あげていた。
壊れた機械のように全身をガクガク痙攣させながら柴崎さんは眼鏡を外し、瞳孔を大きく見開いていた。それが文字通り内側から裂け、白目の部分が真っ赤に染めあげられてゆく。
それから大きく前のめりに姿勢を傾けた柴崎さんの背中から白衣を透過するようにして生え出てきたのは、ムカデのように節くれだった部位で構成された触手だった。
それらは鈍く輝く銀色で一見するとロボットアームのように見えたが、全部で八本もあり、それぞれが独立した意識をもっているかのようにウネウネと蠢いていた。
「――じゃ、いっちょやっつけて来ますか」
場違いな思いにふけりかけた私の頭の上から柴崎さんが声をかけてくる。
銀の触手に身体を持ち上げられ、上下逆さま。赤黒い液体を涙のように目から滴らせ、だけど口もとには笑みを浮かべて。
「壁際まで下がってジッとしてるんだ栗原ミサキ。……怖いだろうが、外には出るなよ。あなたを追ってあの怪異の霊毒がそこら中に巻き散らかされたら大変だからね」
頷き返す間もなかった。八本の触手が畳の上をせわしなく動き、飛ぶようにして柴崎さんを異形のバケモノの元へと運んでゆく。
バケモノもそんな彼女を脅威として認めたらしい。それまで激しく打ち合っていた宮司さんを突然、放置。
それから、身の毛もよだつような唸り声をあげながら拳を握り締めなおし、柴崎さんに殴りかかってゆく。
その殺意に触手たちが一斉に反応。花弁状に分割したその先端部を大きく開かせ、フックのような形状の牙が無数に並び生えた肉色の口内を覗かせる。異形の突進を迎撃した触手たちは、敵の剛毛に覆われた腕や足、首に巻きつき喰らいつこうとする。
柴崎さんのか細い身体はそれに振り回され激しくゆれ続けたが、声一つ上げなかった。突き出た自らの胎を両腕で守るように抱きしめた柴崎さんの表情はむしろ穏やかで、慈愛すら感じさせて。
「――おい、あんた。ちょっといいか?」
壁際まで下がってろと言われたことなど忘れ、呆然と立ち尽くしていると足元から声が聞こえた。疲れ切った低い男性の声だ。
ツーッと嫌な汗が背中を伝って流れた。目だけを動かして、私は声が聞こえた方を見た。ヒュウと喉が詰まり、それから――
「待った。気持ちは分かるが、いちいち叫ぶのは勘弁してくれ」
口からデロデロと血の泡を吐きながら、ウンザリしたように男性が言った。正確に言えば、畳の上に転がる男性の生首が。
「こう見えて、俺は繊細なんでね。そうあからさまに怖がられるとなかなか辛いものがある。それにどっちかと言えば、叫びたいのは俺の方だろ。何しろ、首と胴が泣き別れだからな」
「ご、ごめんなさい……」
慌てて私は生首に向かって頭をさげていた。この人――、鳥羽さんの言う通りだった。そもそも、私のことを助けようとしなければ、こんなひどい目に遭わなくてすんだはずだ。なのに怖がるなんて……。
だけど、そうしている間にも私の鳥肌は止まってくれなかった。今は真夏だというのに、私は十二月の寒空の下ほとんど裸で家から追い出された時のように全身をガタガタと震わせていた。
鳥羽さんは物憂げに嘆息し、言葉を続ける。
「まあいい。あんたに悪気はないだろうし、俺も怪異扱いされるのも慣れたもんだ。――そんなことより、ママさん。ちょっと手伝って欲しいことがある」
「えっ……。て、手伝うって、わ、私がですか?」
「ああ。レイジ達がやり合っているあの怪異……。浮足坊主と言って本来はどうってことはない水辺の雑鬼だが、こっちの想定以上に成長しちまってる。今のところ、手数の多さでこっちが若干有利だが、いつまで持つか分からん。下手をすれば皆殺しだ」
「そ、そんな……。一体、どうすれば……」
「だから、俺に力を貸してくれと言っている。……あんたも俺達も、お互い、ここであんなやつに殺されるわけにはいかないだろ」
それはその通りだった。私にはまだ、やるべきことが残っている。
何としてでもこの場を生き抜いて――、後残り僅かな命しかないというマキオのそばに最後まで寄り添うという、母親としての大仕事が。
とは言え、こんな殺すか殺されるか、言葉通りの修羅場で私みたいなボンクラ女が何かの役に立つとは到底思えなかった。
「なあママさん。急かして悪いが早く決めてくれ。やるのかやらないのか」
黙っている私に業を煮やしたのか、鳥羽さんは少し離れた畳の上で血まみれになって横たわる自分の身体を一瞥し、言った。
「あんたみたいな普通の、しかも子持ちの女にこんな危険の橋を渡らせるようなことはしたくないが――、あっちの俺は霊毒を流し込まれ過ぎて今すぐは動けない。こっちの俺は手も足も出ないからな。……生首だけに」
「……わかりました」
声が震えるのをどうにか鎮め、私は深くうなづく。
生首だけに、という発言は取り敢えずスルーしておく。申し訳ないけれど、冗談なのか本気なのかよくわからないし。
「少しでも生き延びる確率があがるなら……」
「じゃあ、走ってくれ。俺を抱えて」
「……えっ?」
「だから、俺を抱えて走るんだよママさん。あの怪異、浮足坊主に向かってな。可能な限り距離を詰めたら、合図に従い俺を投げつけてくれ」
いや、待って。ちょっと待って。
それってつまり、生首を持ってあのバケモノに突撃しろってこと?
無理無理、そんなの絶対無理。だって私は今この場に立っているだけでも怖くて怖くて死にそうなぐらい怖いのに恐怖の根源に自ら向かって行くなんて絶対無理無理無理……!
「どうなんだ? やれそうか?」
「そ、そんなの、できるわけ――」
ないでしょこの馬鹿! と涙目になって悪態をつきかけた時だった。
頭の中で閃光が炸裂するような感覚を覚えた。それから唐突に、本当に唐突に私は息子をマキオのことを思い浮かべていた。
今日、童ノ宮の境内公園で大泣きしている顔から始まり――
昨年の誕生日にプレゼントしたロボットのオモチャを即行で破壊、キョトンとしているあの子の顔。明日までに台詞を覚えなくてはいけないのに、難し過ぎて親子ともども投げ出した台本の表紙。
仕事に不手際があって社長に雷を落とされ、家のソファーでションボリしていた私の手を握りしめて来たあの子の手の柔らかい感触。新生児室で小さく欠伸をしているあの子をガラス越しに覗き込んでみっともなく顔をクシャクシャにしている私……。
それはあの子が生まれてからの六年間、私にとって印象深い出来事が時系列もバラバラでランダムな脳内映像。次から次へと浮かんでは消えてゆく。まるでパラパラとアルバムをめくるみたいに。
……ああ、そうか。そうだったんだ。
私はずっと息子を、マキオのことを一人で守って来たつもりだったけれど、それだけじゃなかった。
あの子だって私のことを守って、支えていてくれたんだ。童ノ宮でもなければ稚児天狗でもないし、権現でもない.そもそも呼び方なんてなんでもいい。
私にとっての神様は最初からあの子の中にいた。多分、この世で親子として出会う前から。
そうと分かれば――、私のやるべきことは一つしかない。
「ごめんなさい、鳥羽さん。ちょっと痛いかも」
「あぁ? ちょっと待てよ、あんたはその……」
生首は何かを言いかけていたが、私にそれを待つような余裕はない。
素早く歩み寄り、できるだけ真正面から血まみれのそれを見ないよう顔を背けながら、両手で挟むようにして持ち上げていた。
「いっ、痛タタタタッ! おい! あんた人の髪をそんな乱暴に……」
「だから最初に謝ったでしょ!」
声を荒げる生首にそう言い返し、私はその場から駆け出していた。
祈祷所の隅、宮司さんと柴崎さんに巨大な拳を振り回し続けているバケモノ――、浮足坊主を目指して一直線に。
揺れるたび生首の傷口から鮮血が溢れ、飛び跳ねて、私の顔や白装束を赤く染める。だけど、気にしている余裕はないし、気にもならない。
あの子のためなら、いや、あの子と私の絆を守るためなら血まみれになることぐらいどうってことはない。
この時、私はどんな顔をしていたんだろうか。きっと笑っていたんだと思う。私の接近に気がつき、注意を向けた巨体の異形が一瞬、怯んだ様子を見せたから。
……ざまぁみろこのクソ野郎。
これ以上、私達から何かを奪わせるもんか。
「――よし! ぶん投げろ!」
鬼のような表情になった鳥羽さんが大声を発し、窓ガラスをビリビリと震わせる。その合図を受け、私は片足を前に踏み出して急停止。それから腰を大きく捻って、遠心力をつけ――
「あああああああああああああああああああああ!」
投げた。
鳥羽さんの首は、半ばヤケクソで投げ飛ばしたとは思えないほど美しい放物線を描き、鮮血を雨のように畳の上をまき散らして宙を舞っていた。
コメント
1件
うわあ…今回もすごかったです…!ミサキさんが鳥羽さんの首を抱えて走る決意したシーン、泣きそうになりました。マキオくんとの思い出フラッシュバックで「守るために強くなる」って覚悟がしっかり描かれていて、怖いのに胸が熱くなりました🥀 柴崎さんの触手バトルもカッコ良くて痺れます…!