30分後、美宇と絵美は街の中心にある絵美行きつけの居酒屋にいた。
「この店は海鮮はもちろん、お肉やじゃがいも料理、それにデザートも美味しいのよ」
「わあ、デザート……食べたいです」
「七瀬さんは、甘いもので酔いを覚ますタイプ?」
「そうですね」
美宇は笑顔で答えた。
注文を終えると、すぐにビールが運ばれてきたので、二人は乾杯した。
「ぷはーっ」
「美味しい」
「仕事の後だから、最高だね~」
そして、枝豆をつまみながら、絵美が話を切り出した。
「で、相談って、どんなこと?」
「実は気になる人がいて……」
「気になる人?」
「はい」
「それって、東京でいろいろあったっていう人?」
「その人じゃないです。別の人です」
「そっか。じゃあ、恋愛経験豊富な絵美様がじっくり相談に乗ってあげるから、まずは東京での話から聞かせてもらおうかな」
改めて聞かれると、美宇は少し緊張した。
でも、圭とのことはもう遠い昔のように感じていたので、覚悟を決めて話し始めた。
すべてを聞き終えた絵美は、ビールを一口飲んで言った。
「それはひどいわ……何も知らない恋人の前で、別の人との婚約発表なんて……今どきドラマでも見ないよ」
「はい……本当にショックでした。だから、環境を変えようと思ったんです」
「なるほどね。それでこっちに来て、自然と向き合いながら一人の時間を過ごしていたら、気になる人ができたってわけね」
「はい」
絵美はふっと笑い、懐かしそうに過去を思い出していた。
「実は、私も七瀬さん……あ、これからは美宇ちゃんって呼んでいい?」
「あ、はい」
「美宇ちゃんも、私のこと絵美って呼んでね」
「はい」
「でね、私も美宇ちゃんと似たような経験があるの」
「え? 似たような……?」
「私も東京で付き合ってた彼と別れて、こっちに来たの」
「そうだったんですか?」
「うん」
「それって、私と同じ失恋?」
「違うわ。私の方から別れを告げたの」
「そうなんですか?」
「そう。で、こっちに移住してから、地元の人と付き合ったこともあるのよ」
「そうなんだ……」
美宇は少し驚いた。
「それで、その後どうなったんですか?」
「こっちで付き合い始めた人とは別れたわ」
「え? どうしてですか?」
「前の彼を忘れようとして付き合ったけど、うまくいかなかったの」
「…………」
絵美は美宇とは違うようだ。
彼女は、東京で付き合っていた男性のことを、まだ心の奥で思っているのかもしれない……美宇はそう思った。
「じゃあ、前の彼のこと、まだ忘れられないんですか?」
「うん……たぶんね」
美宇は少し間を置いて尋ねた。
「絵美さんは、どんな理由で前の彼に別れを告げたんですか?」
ちょうどそのとき、注文した料理が次々と運ばれてきて、会話は一旦中断された。
スタッフが席を離れると、二人は再び話し始めた。
「前の彼はね、医師だったの」
「お医者さん?」
「そう。彼が医大生のときに知り合って、何度も別れたり戻ったり……不思議と縁が続いていたの」
「へぇ……何度もよりが戻るってことは、相性がいいのでは?」
「そうなんだけど、私にはホエールウォッチングの会社を立ち上げたいっていう夢があって、いずれ北海道に行こうと決めてたの。でも彼は大学病院に勤めていたから、辞めて一緒に来るのは難しかった。だから別れたの」
美宇は、想像以上に深い理由があったことに驚いていた。
「その彼は、北海道に来る気はなかったんですか?」
「もちろん、一緒に行くって言ってくれたけど、まだ若かったし……一時の勢いだけで決めて、後で後悔したら可哀想だから、断ったの」
「でも、来るって言ってくれてたんですよね?」
「彼は精神科の医師なの。他の科なら開業もできるけど、ここで精神科を開業してもうまくいくわけがないわ……だから、現実的に無理だったのよ」
「でも、やってみないと分からないのでは?」
「ううん、開業にはかなりのお金がかかるし、過疎化した町で患者さんが集まる保証もない。将来有望な医師を、私のわがままだけで犠牲にするのは違うと思ったの」
美宇は絵美の言葉に深く感銘を受けた。
彼への想いは、愛に満ちていて、それが痛いほど伝わってきた。
もしかすると、彼もまだ絵美のことを想っているかもしれない……なんとなく美宇はそう感じた。
「もう一度、ちゃんと話してみたらどうですか? 今は便利な時代だから、別居婚や通い婚という形もあるみたいですし」
「もう無理よ。彼は私と別れた後、合コン三昧だって共通の知人から聞いたの。きっと今は可愛い奥さんと子供たちに囲まれて、幸せな家庭を築いているはずよ」
「そんな……」
美宇は胸が締めつけられるような切なさを感じた。
すると、絵美が話題を変えるように言った。
「ちょっとちょっと……私の過去なんてどうでもいいわ。今日は美宇ちゃんの悩みを聞きに来たんだから」
「はい……」
「で、美宇ちゃんが気になる相手って、もしかして雇い主の陶芸家さん?」
突然、絵美が核心を突いてきたので、美宇は驚いた。
「はっ、な、何を言ってるんですか?」
「どうやら図星みたいね」
「ち、違いますっ」
「隠さなくたっていいじゃない。私、その人とは接点ないし」
「そ、それはそうですけど……」
そこからは、絵美がいろいろとアドバイスをくれた。
二人は雇い主とスタッフという関係だから、いきなり告白するのは避けたほうがいい。それよりも、今はまず、信頼関係を築く時期だと絵美は言った。
「私もそう思います。だって、私、青野さんとどうこうなりたいなんて思ってませんから。ただ、そばにいるだけで幸せっていうか……」
「わあ、純愛ね~! そんな清らかな恋愛、私ももう一度してみたい!」
そう言って、絵美が微笑む。
そのとき、美宇は、今日工房に来た高梨亜子のことを思い出し、絵美に話した。
それに対し、絵美はこうアドバイスした。
「たまにしか会わない女より、毎日顔を合わせる女の方が有利に決まってるでしょ。だから、もっと自信を持って!」
「でも、すごく綺麗な人だったから、青野さん、いつか心が動いちゃうかも……」
「想像するのは自由だけど、恋愛で未来を予測しても意味はないの。くだらない妄想より、今、目の前のことに集中しないと。美宇ちゃんがここへ来た一番の目的は、陶芸家になることよね?」
絵美の言葉は、美宇の心に深く響いた。
たしかに、最近は本来の目的から少し逸れて、気持ちが浮ついていたかもしれない。
すると、絵美が続けた。
「陶芸家になりたいと思ってここへ来たら、たまたま素敵な人に出会えた。その人は、美宇ちゃんの失恋の痛みを忘れさせてくれるくらい、とても尊敬できる人だった。それだけでも十分幸せなことじゃない?」
美宇はその言葉にハッとした。
「そうですよね……」
「そうそう。一緒にいられるだけでも幸せなんだよ。私なんて、遠く離れた誰かさんを想って、ずっとうじうじしてるんだもん。それに比べたら、美宇ちゃんのほうがずっと幸せよ!」
「……なんだか絵美さんと話していて、目が覚めました」
「ふふっ、それならよかった。さあ、飲もう! 次は何にする?」
絵美は笑顔でそう言いながら、メニューを美宇に渡した。
(まだ友達になったばかりなのに、こんなに頼りになるなんて……)
絵美との出会いに感謝しながら、美宇は笑顔でメニューを開いた。
コメント
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絵美さんの話は頷けることばかり‼️ いい人がそばにいて良かったよ☺️ 話を聞いてくれる人がいると精神的にも安定しそう。 絵美さんの過去も辛い経験。 でもきっと絵美さんも幸せになるはず💓
絵美姉さん、痛いよ痛いよ!! 『くだらない妄想』…って、、、痛いよ»---(º∨º )→グサッ 私が刺さってどうするんだ💦💦 姉さん、いい事言うけど、自分が言われたみたいでお腹が痛いよ。゚(゚^∀^゚)゚。 絵美さんの別れた彼は精神科医師? 直也先生関連の人だと、あれれ?? 私の記憶だと『圭』さんじゃなかったっけ??? 今からコメ見て回るから誰かが答えてくれてるはずー。
絵美さんも話しを聞いてたら思い遣りと包容力がある素敵な女性だわ💕 派手でぐいぐい来る高梨より毎日一緒で癒やされる美宇ちゃんの方が朔也さんだっていいでしょ!!(*´艸`*)フフ 気負わなくとも美宇ちゃんは自然体で大丈夫🫶💕 絵美さんの存在は心強いね🧡