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ドアが開く音が、やけに静かだった。
ノックもなく、気配だけ置いていくみたいな入り方。
「……入っていいですか?」
「どうぞ」
蓮司は視線を上げずに言う。
「今日、顔色いいな」
「演出です」
「出来は?」
「七割」
「まあまあ」
相談者は椅子に座ると、背もたれに体を預けた。
深く息を吐くけど、それ以上は何も言わない。
「で」
蓮司が促す。
「今日は?」
「……しんどいです」
「知ってる」
「即答」
「そういう座り方してる」
相談者は小さく笑った。
「助けてって言えなくて」
「うん」
「別に、言えないほど追い込まれてるわけじゃなくて」
「その前置き、だいたい本題」
相談者は少し黙ってから続ける。
「相手を困らせたくないんです」
「ほう」
「忙しそうだし、余裕なさそうだし」
「なるほど」
「あと、空気も」
「壊したくない?」
「はい」
蓮司は頷いた。
「それで?」
「結果、自分だけ沈みます」
「だろうな」
相談者はカップを握りしめる。
「助けてって言ったら、
相手は優しくしてくれると思うんです」
「多分な」
「でも、その優しさを受け取るのが怖くて」
「……」
「自分が弱いみたいで」
「弱いだろ」
相談者が顔を上げる。
「……否定しないんですね」
「事実だからな」
「でも、それって」
「悪い意味じゃない」
蓮司は続ける。
「弱いって自覚があるやつほど、周りに気を遣う」
「……」
「で、気を遣いすぎて、助けを呼べなくなる」
相談者は苦笑した。
「優しいですね、言い方」
「優しいのはお前だ」
「え?」
「相手の余裕も、感情も、空気も、全部先に考えてる」
相談者は視線を落とす。
「でもその結果、誰が一番困ってる?」
「……自分です」
「だろ」
蓮司は椅子にもたれた。
「美徳ってな」
「はい」
「使いどころ間違えると、普通に刃になる」
「自分に向くやつですね」
「そう」
相談者はしばらく黙っていたが、ぽつりと言う。
「助けてって言ったら、相手が嫌な顔したらどうしようって」
「するかもな」
「……」
「でもな」
蓮司は淡々と続ける。
「嫌な顔するやつに気を遣って、自分が沈む必要はない」
「それが出来たら苦労しないです」
「知ってる」
少し間が空く。
「なあ」
蓮司が言う。
「助けてって言わないの、優しさだけか?」
相談者は一瞬言葉に詰まった。
「……怖いのもあります」
「だろ。
見捨てられるとか?」
「それも」
「幻滅されるとか?」
「はい」
「結局な」
蓮司はカップを置いた。
「優しさと恐怖、両方だ」
相談者はゆっくり頷く。
「全部自分で抱えたほうが、関係は壊れないって思ってました」
「壊れない代わりに、お前が壊れる」
「……」
「それ、長期的に見るとどっちもアウトだ」
相談者は息を吐いた。
「じゃあ、どうすればいいですか」
「全部言えとは言わない」
「ですよね」
「まず一個だけだ」
「一個?」
「“助けて”じゃなくていい」
相談者は首をかしげる。
「“ちょっとしんどい”でいい」
「……それだけ?」
「それだけ」
相談者は考え込む。
「それなら……言えるかもしれません」
「上出来」
立ち上がる前に、相談者が聞く。
「優しさって、減らしていいんですか」
蓮司は少しだけ笑った。
「向け先を変えるだけだ」
「向け先?」
「今日は自分」
相談者は小さく息を吐いて、立ち上がった。
「……じゃあまた来ます」
「どうぞ」
「次は、もう少し沈んでから」
「倒れる前にな」
ドアが閉まる音は、さっきより少しだけ大きかった。