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土曜日の夜仁は外に出ていた。急に悦子に呼び出されいつもの居酒屋へ向かっている。おそらくドラマの進捗状況を知りたいのだろう。


(ったく、いつも急に呼び出すんだからなぁ)


仁はブツブツ言いながら店に入った。入った途端悦子の声が聞こえた。


「あ、仁ちゃんこっちこっちー」


悦子はちょうどトイレから出てきたところだった。


「おうっ、お前急に呼び出すなよなー」

「いーじゃん、どーせ暇でしょう? 土曜の夜に一人ぼっちじゃ可哀想だから誘ってあげたんじゃん」


口を尖らせながら言う悦子の後について仁も半個室の席へ入った。

すると「よっ!」という声が聞こえた。

テーブル席には悦子の夫・野中高太郎(のなかこうたろう)が座っていた。


「なんだよ高太郎、帰ってたのか?」

「ああ、本社に用があったのとちょうどうちの実家で法事があるんで二週間だけな。相変わらず元気そうだな」

「おうっ、俺は元気だけが取り柄だぜぃ。それよりお前の嫁に言ってくれよー売れっ子作家に対して人使いが荒いのなんのって」

「あら、そんなに無茶ぶりしてないわよ? これでしんどいとか言ってたら仁もそろそろ潮時かもー」


悦子はニヤリと笑う。


「うるせーお前のせいで本業の新作が全然進まねーんだよ、どうしてくれるんだ?」

「ハッ? そんなの知ったこっちゃないわ。引き受けたのは自分でしょ?」

「それはそうだけれどおまえはいつもなー……」


そこで高太郎が口を挟む。


「まあまあ二人とも落ち着いて。俺は久しぶりの日本なんだからとりあえず乾杯しようぜ」


ちょうどビールが運ばれてきたので三人は乾杯をした。


「「プハーッ、うめぇ」」


「それでどうなの? 進捗状況は?」

「何の?」

「メル友に決まってるじゃなーい」

「メル友? 悦子なんだそれ?」


高太郎が不思議そうな顔をする。


「さっき話したでしょう? 次のドラマのテーマはメールフレンドで始まる恋なの」

「うん、それとメル友が何の関係があるんだ?」

「だからね、仁ちゃんにメール友達を作ってもらうの。実際に自分で体験してもらってから書くのよ」

「えーマジかよ? でもさぁ今ってマッチングアプリの時代だろう? いまどきメール友達なんて探せるのか?」

「それは大丈夫。いいのがあるのよ」


悦子はスマホを取り出すと【月夜のおしゃべり】のサイトを開いて夫に見せた。


「あ、これ知ってるぞ。あのサイバースノーのCEOが作ったとかいうやつ?」

「そうだけれどなんで高ちゃんが知ってるのぉ? まさか私に内緒でやってるんじゃないでしょうねぇ?」


悦子はジロリと夫を睨む。すると夫の高太郎が焦って言った。


「ち、違う違う、うちの会社の若い奴が昔やってたんだよ」

「ほんとー? なんかアヤシイー」


悦子はまだ怪しんでいる。


「マジだって、俺がやる訳ないだろう? 嫁がいるのに」

「あら、これはメール交換が主体で出会いは関係ないのよ? まさか出会い系だと思ってた?」

「違うのか?」


そこで今度は仁が口を挟む。


「まーまーお二人さん落ち着いて。とにかくだな、昔どうだったかは知らないが今の【月夜のおしゃべり】は出会いを求めてるやつが多過ぎる印象だぞ」

「え、そうなのー? 仁ちゃんも会おうとかって言われたの?」

「いや、まだそこまでは言われていないけどよぉ、なんか女の方がすぐに職業や年収を聞いて来るんだ。それって結婚相手を探してるって事だろう?」


そこで高太郎が口を挟む。


「いや、それは一概にそうとは言えないんじゃないか? 異業種交流会なんかでは相手の年収を聞くのは普通だし同じ生活レベルの人間と付き合いたいっていう奴が今の若者の中には一定するいるような気がするし」

「そうそう、同じステージにいる人間としか付き合いたくないっていう人いるよねー、特に意識高い系!」

「そっかぁ? でも年収を聞いてきた女は丸の内で役員秘書をやってるって言ってたけど真夜中にメール来るんだぜ、明らかにおかしいだろう? おまけにもう一人の女はプロフィールには会社員って書いてあったのにいざメールを始めたら無職だって言うしよー、一体どうなってるんだ? あのサイトは」

「えーそうなのー? 今そんなになっちゃってるんだ。私の部下がやっていた時はそんな事なかったんだけどなー」

「それは5~6年前の話だろう? とにかく今は酷いぞ」


そこで仁は店員を掴まえていくつか料理を注文した。


「じゃあ仁ちゃんは今メール友達ゼロな訳? 不発?」

「いや……」

「おっ? いるのか?」


仁の反応に野中夫妻が身を乗り出してくる。


「うん、まあ…今一人とはやり取りしてる」


「えーマジで? どんな人?」

「歳は? 顔は?」


「32歳、バツイチ、訳アリ。顔は知らねーよ、写真アップしてねーし」

「訳アリ? 訳って何よ」

「2年前に息子を交通事故で亡くしたんだとさ」


「「…………」」


お調子者夫婦はそこで一瞬黙り込む。そして高太郎が口を開いた。


「そりゃしんどいだろうな。子供の死が原因で離婚したのかな?」

「まだそこまでは聞いちゃいないけどおそらくそうだろうな」

「で、どこに住んでる人?」

「それがさ、軽井沢なんだよ」

「軽井沢? お前の別荘がある所じゃん」

「うん。まあ元々は東京の世田谷にいたらしい」

「今お前が住んでいる所じゃん」

「そう」

「なんか色々重なるねぇ。縁がありそうだなー」

「うん、まあとにかく彼女とは会話が続くからやり取りはしてるよ」


そこでさっきからずっと黙ったままの悦子が突然声を張り上げた。


「それっ、それで行こうよ仁! 息子を事故で失い離婚した女が傷心のまま軽井沢へ移り住む。そこで彼女はある作家と出会った……これっ、これで行こうっ!」

「それってまんまじゃん」


夫の高太郎が苦笑いをする。


「いーのいーの。最近こういうほろりとくる純愛物が減っているから返っていいのよ! 仁ちゃんそれで行こうよ」

「うんまぁ俺もその線を狙おうかなーとは思ってた」

「ヨシヨシその調子! とにかくその女性とのメールは絶対にやめるんじゃないわよ。そしてもっともっと彼女から情報を引き出すのよ。なんだったら軽井沢に行って身辺調査でもしていらっしゃいよ。彼女がどんな人でどんな生活を送ってどう生きているのかを」

「おいおいそれじゃあストーカーになっちゃうよ」


高太郎が妻をたしなめる。


「大丈夫よぉ、ただ確認するだけなんだから。相手に自分の存在を知られずに接触もしなければいいんじゃない? 昔はこういうの普通にあったじゃない」

「だから今の時代ではそれがストーカーになっちゃうんだよ」


そこで黙っていた仁が言った。


「それはアリだな。確認だけして帰ってくるってーの」

「でしょでしょ? 折角だから行ってらっしゃいよ、軽井沢!」

「行ってくるかなー」

「おいおい仁、悦子のアドバイスを鵜呑みにするなよなぁ、お前は一応著名人なんだから」

「大丈夫だ、ヤバい事はしない。ただ陰からそっと見てくるだけだ」


仁は微笑むとビールを飲み干した。そしてスタッフに手を挙げて焼酎を注文する。

そこで悦子がうっとりした表情で言った。


「あーなんか面白くなってきたわー、来年のドラマ大賞はそれで狙えるかもしれない」


悦子の言葉に男二人は目を見合わせ無言の会話をする。


『おまえも大変だな』

『誰のせいだよ、お前の嫁のせいだろう?』

『ハハッ、悪い悪い、でも俺が言っても聞かないからなー』

『ったくよー』


そこでハッと我に返った悦子が言った。


「あたしは松崎隼人だけには負けないからねー、あいつマジむかつくんだから」

「ん? 松崎がどうしたって?」

「前にあたしが作ったドラマの事をケチョンケチョンに酷評されたのよ」

「ハハッ、マジか。確かにあいつには言われたくねーよな」

「そうでしょう? だから絶対に負けたくないの。仁ちゃんお願いよー、次のドラマはマジで賞を目指すから本気で頑張ってー」

「うん、まあ俺もあいつはいけすかねーからなー、とりあえずは頑張ってみるよ」

「頼んだわよ。じゃあ今日は私が奢っちゃう! まずはいっぱい食べて体力体力、すみませーん!」


悦子は手を挙げて店のスタッフを呼んだ。

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