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一方、優羽は実家に戻った日から、実家の家事全般と流星の世話に明け暮れていた。
その合間を縫って、役所へ保育園の申し込みに行ったり職探しの為に職安にも通った。
母の恵子は子守をしてくれないので、用事のある日はいつも流星を連れて出歩いた。
幸い兄・裕樹の車を使わせてもらえたので移動は楽だった。
優羽は高校卒業前に免許を取得していたので、この辺りでの運転には問題ない。
しかし一つ問題があった。
現在申し込みをしている保育園の近くでアパートを探しているが、
市街地からはずれているので賃貸物件が極めて少ない。
あったとしても、古くて大きな一軒家がほとんどだった。
東京よりも安い家賃で暮らせるだろうと優羽は安易に考えていたが、現実はそう上手くはいかないらしい。
とにかく、流星が小学校に入るまでには落ち着いた環境で子育てをしたいと思っている。
だから優羽は良い仕事と住む場所を一日でも早く見つけたいと思っていた。
結局その日は特にこれという収穫もなく実家へ戻った。
キッチン横の狭いスペースで流星を遊ばせながら、優羽は夕食の支度に取り掛かった。
食費は兄が出してくれていたので、
あまり無駄遣いしないようにと食材はなるべくスーパーの特売品を使う。
この日はブリが安かったので、ブリの照り焼きにした。
それに煮物とサラダと味噌汁を添える。
優羽は東京にいる時から節約していたので、節約して料理をするのは得意だった。
東京では家賃も物価も高かったので、節約しなければ生活していけない。
優羽は、妊娠が分かった時点で勤めていたアパレル会社を退職した。
その後は二つのアルバイトを掛け持ちし、出産ギリギリまで働いた。
どちらも個人経営のオーナーが理解ある人だったので、
身重の優羽を気遣いながらギリギリまで雇ってくれた。
そして出産後はしばらく貯金で暮らしていた。
しかし貯金も次第に底をつき、行き詰まっていた時に兄から連絡があり長野へ戻る決心をした。
あの時、兄の裕樹が帰って来いと言ってくれなければ親子で行き倒れていたかもしれない。
だから優羽は心の底から裕樹に感謝していた。
夕食の準備が出来た時、裕樹が帰宅した。
裕樹は優羽と流星が実家に戻ってからは、定時で帰ってくるようになった。
それまでは帰りに飲みに行ったりもしていたようだが、
家に流星がいる今は寄り道をせずにまっすぐ帰って来る。
この日も帰るなり、
「流星ただいまー! 今日は何をして遊んだのかな?」
と、靴も脱がないうちから流星に声をかける。
流星も裕樹の事が大好きなようで、
「あのね、きょうはね、ママとね、こうえんのおすなばであそんだんだよ」
と嬉しそうに報告していた。
一生懸命説明する流星を見ながら、兄は目を細めてうんうんと頷いている。
そして流星のお喋りが一段落すると、家族揃っての夕食が始まる。
最初は頑なだった母・恵子も、ここ最近は優羽と流星がいる生活にだいぶ慣れてきたようだ。
家事全般を優羽がやってくれるので助かっている部分もあるのだろう。
恵子の態度は、最初の頃のようなとげとげしさはすっかり消え失せていた。
そんな恵子に対し、流星も緊張する事はなくなり今ではすっかり打ち解けている。
「おばーちゃん、これぼくしゅき。おいしいねぇ」
「こんな粗食が美味しいって言うなんて…
優羽は一体東京ではどんなものをこの子に食べさせていたんだい? 可哀想にねぇ」
などと、最近では流星を憐れむような言葉まで口にするようになった。
そんな恵子の様子を見て、兄の裕樹は可笑しそうに笑いをこらえている。
不器用な家族ではあるが、
流星の存在により家族のわだかまりが少しずつ解けていっているように感じられた。
コメント
3件
あのね,恵子さん孫の前では言って良い事と悪い事あるんだからねー,そこらへん気をつけてくだされ
流星くんの存在がお母さんの心を溶かしてってくれて、きっと可愛くて仕方なくなってきてるんでしょうね☺️ 早く保育園見つかるといいね!
元々はきっと優しいお母さんなんですよね、ただ自分と同じ境遇になった事でお母さんも心を痛めてそう…