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家の中――、左右を襖で閉ざされた部屋で挟まれた板張りの廊下は、うちの想像以上に長く、そして暗かった。もう夕方ということもあって雨戸を締め切っているせいかもしれないが、何となく寒々しいものが肌身に突き刺さって来る。
それにこんな言い方は失礼かもしれないけれど……、何だかあちこちから変な臭いがする。
刺激の強いアンモニアのような臭い。錆びた鉄のような臭い。そして、スッと鼻に抜けるような臭い。……これは線香のにおいだろうか。
そんなことを考えながらうちがその場で立ち尽くしていると――
「どうぞ。こちらにいらしてください」
うちの足音を聞きつけたのか、廊下の奥から男の人の声が聞こえた。
少し躊躇いを覚えたがいつまでもそこで立ちっぱなしでいるわけにもいかず、うちは暗い廊下を歩き始めた。
「どうぞ、そちらに。……わざわざ持って来てくれるなんて申し訳なかったね」
「は、はぁ。ど、どうもお邪魔します……」
促されるままうちは畳のへりを歩き、と大きめのちゃぶ台の前に腰を降ろす。
そんなうちをジッと見つめているのは、痩せぎすで白髪頭のおじいさん……。
この人がアンディーの飼い主である、東雲さんらしい。
言葉はともかく……。
東雲さんの表情はこの家と同じく暗くて、歓迎されているとは到底思えなかった。
一応、口もとは微笑んでいたけれど目が全く笑っていない。
東雲さんの眼光は鋭くとても張り詰めていて、目の前にいるうちのことを値踏みするかのような冷たさがたたえられていた。
早よ、用事済ませてまおう……。
居心地の悪さに耐えながらうちは思った。
この後、アンディーを童ノ宮まで案内したらなあかんし。
そう言えばさっきからアンディーの姿が見えないけど、気配は消えていないからこの家のどこかにいるのは間違いないだろう。ひょっとしたら、同居犬だったトムとジュリちゃんに会いに行ったのかもしれない……。
「あの、これ……。さっきお話した――、アンディーちゃんの首輪です」
そう言いながらうちはポーチのなかから大型犬用の首輪を取り出し、おずおずと差し出す。
東雲さんはそれを手に取り、
「……確かにこれはあのケダモノが付けていたものですな」
ポイッと事も無げに。
かたわらに置いてあったゴミ箱のなかにそれを投げ入れていた。
それからパンパンと両手をはたいてみせる。
まるで汚いものに触った時のように。
相手の想定外な行動にうちは顔が引きつるのを覚えた。
「……な、何でそんなことするんですか?」
やっとそれだけ言えた。
それ以上は言葉が続けられない。
たった今、目の前で見せつけられた東雲さんの行為がショック過ぎて。
落とし物を届けた人間の目の前でポイ捨てにするとか、感じが悪いどころの話じゃない。
完全に喧嘩腰というか、臨戦状態だ。
いや、それよりも――、この人は自分の愛犬を今、何て言った?
「ケダモノって、そんな言い方……」
暴風に晒されたかのように、激しく感情をかき乱されていた。
どうしようもないぐらい哀しみと憤りが込み上げ、うちは二の句が告げられなくなる。
目頭がジワッと熱くなり、すすり泣きしそうになるのを何とかこらえる。
「ケダモノはケダモノですよ? それにこんなものはもう必要ない。とっくに処分されていたとばかり思っていました」
そう言って東雲さんはにっこりと笑う。
あのちっとも笑っていない、恐ろしい笑顔のままで。
得体の知れない緊張感がかけめぐり、うちは体内の水分が蒸発していくような感覚に捉われる。
東雲さんがうちに向けている感情が何か、ここまで来ればさすがに気がつく。
それはうちにとって馴染み深い感情――、敵意だった。
「さて、と。それじゃあ、そろそろ聞かせてもらおうかな。君は――、塚森さんって言ったよね? 塚森さんのほうこそ、何のつもりでこんなことをしているのかな?」
「……」
「ひょっとして、悪い大人にそそのかされたのかい? お小遣いをあげるからこの家の様子を探って来いとか何とか? あいつの首輪をどうやって手に入れたのかは知らんが、趣味が悪いにもほどがあるんじゃないか」
東雲さんの口調はあくまで冷静で淡々としていた。
だけど、その口角は吊り上がり、眼光鋭い目は爛々と輝き始めている。
昔、まだ幼稚園に通うぐらいの年頃、うちの周りはこんな目をした人間しかいなかった。
うちの実の父親を名乗る生者とモウジャのその両方を弄ぶ異常者。
うちを産んでやったのは私だと事あるごとに主張してくる空っぽの女。
そんな二人に自分の意思や思考も何もなく、ただ媚びへつらうだけの有象無象の輩たち。
あいつらはみんな、目に鬼火を宿していた。
ただ一人の例外もなく。
それは普段は隠れていて、宿主も平穏を装っているけれど何かの拍子で表に出てくる。
そして、暴走し、身近なものを傷つけ壊し殺し――、自ら破滅の道を辿ってゆく。
「そ、そんなんとちゃいます……!」
いたたまれなくなってうちは言った。
「この首輪を拾ったのはホンマに偶然で……! うち、誰かのスパイとかやないです!」
うちを見すえていた東雲さんの瞳に揺らぎが生まれた。
爛々と輝いていたおぞましい光がスッと消えてゆき――
「……何だ、じゃあ何も知らずに来たのか君は」
脱力したように大きく肩を落とす東雲さん。
ガクッと顔をうつ向かせ、重く大きなため息をつく。
「まったく、私はただ何もかも忘れて静かにこの家を守りたいだけなのに……。どうして、こんなに騒がしくされなければいけないんだ……」
そのまま、東雲さんは彫刻になったかのように黙り込む。
すぐには発するべき言葉ができず、うちと東雲さんの間に重々しい沈黙が流れる。