テラーノベル
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めでたく婚約した二人は、翌日、透也の実家で開かれる食事会へ参加した。
「夏帆さん、いらっしゃい。さあ、上がってちょうだい」
「お邪魔します」
透也の母・加奈子がにこやかに迎え入れる。
加奈子が住む家は、都内の高級住宅街にある一軒家だった。
透也の妹夫婦もすぐ近くに住んでおり、まさにスープの冷めない距離だ。
夏帆は用意してきた手土産を渡し、加奈子のあとに続いてリビングへ入った。
すると、見覚えのある顔が目に入り、思わず声を上げた。
「お母さん!」
そこには、夏帆の母・真知子がいた。
久しぶりに会う娘を、真知子は穏やかな笑みで見つめている。
「夏帆、元気そうね」
「どうしてここにいるの?」
「中条のお母様からお電話をいただいたときに、招待してくださったの。あなたを驚かそうと思って黙ってたのよ」
「夏帆さん驚いたみたいで大成功ね、真知子さん!」
「ええ、加奈子さん!」
二人はすっかり意気投合しているようだった。
真知子は、夏帆の隣に立つ透也へ視線を移す。
「あなたが、透也さんね」
「初めまして、中条透也です」
「夏帆の母の真知子です。いつも娘がお世話になっております」
「いえ、こちらこそ。実は私たち、昨日婚約しました。ご報告が遅れて申し訳ありません」
その言葉に、母二人が同時に声を上げた。
「まあっ! 本当に?」
「そうなの? 透也?」
そのとき、新と亜希、そして二人の娘の亜美がキッチンから顔を出した。
「お兄ちゃん、夏帆さんと婚約したの?」
「さすがお義兄さん! 素早いな~」
「おじちゃん、その人と結婚するの?」
「そうだよ、亜美」
透也が笑顔で答えると、亜美は夏帆の左手に輝く指輪に気づいた。
「わあ、綺麗! おっきなガラスの指輪!」
その瞬間、皆の視線が婚約指輪に集まる。
「かなり奮発しましたね~」
「すごく綺麗!」
「まあ、なんて見事なダイヤモンドでしょう」
「透也! ちゃんと夏帆さんと一緒に選んできたんでしょうね?」
加奈子の問いに透也が答える。
「サプライズで渡したから、俺が選んだよ」
「まあ! 夏帆さんと一緒に選ばなかったの? 困った子ねぇ……こういう一生ものは、きちんと女性を連れて行かないと!」
その言葉に、夏帆の母・真知子が口を開いた。
「とんでもないです。こんな立派な指輪をいただいて……うちの娘にはもったいないくらいです」
「いえいえ、あとで後悔しないように、こういうのはきちんとしないと。夏帆さん、もしその指輪が気に入らなかったら、透也に取り替えさせますから、ちゃんと言ってね」
「ありがとうございます。でも、すごく気に入ってるので大丈夫ですよ」
「そう? それなら良かったわ。ああ、それにしてもおめでたい! さっそくみんなでお祝いしましょう。さ、座って座って」
加奈子はこの日のために、たくさんのごちそうを用意していた。
夏帆の母・真知子が故郷から持ってきた長野名物・おやきや野沢菜も並んでいる。
少し早めに来た真知子は、加奈子と一緒にキッチンで準備していたようだ。
それから、中条家の楽しい宴が始まった。
あらためてひとりひとり自己紹介をしたあと、お酒と料理を楽しみながら会話が弾む。
夏帆は、嬉しそうな母・真知子の姿を見て、胸が熱くなる。
女手ひとつで育ててくれた母に、少しは親孝行ができたような……そんな気がした。
二時間ほど宴が続いたあと、母親二人はいつの間にか二階の部屋へ消えていた。
加奈子が趣味のサークルで作った作品を、見に行ったようだ。
二人はまるで昔からの友達のように、すっかり打ち解けていた。
一方、透也と新は、最近の不動産状況の話で盛り上がっていた。二人の間には、姪の亜美がちょこんと座り、デザートのフルーツを食べながら相槌を打っている。
それを見た夏帆は、亜希に言った。
「亜美ちゃん、可愛いですね」
「ふふ、ありがとう。最近大人ぶっちゃって、内容も分からないのに、ああやって相槌を打つの。おかしいでしょ?」
「ううん。とっても可愛いです」
夏帆はフルーツを食べながら、優しい笑みを浮かべた。
そのとき、亜希が言った。
「夏帆さん、ありがとう」
「……え?」
「兄のプロポーズを受けてくれて」
「いえ、こちらこそ……。こんな私をもらってくれるんですから」
「ううん、夏帆さんは素敵よ! それにうちの兄ね、今まで結婚には無関心だったの」
「そうなんですか?」
「ええ。昔からモテてたのに、結婚したいなんて一度も言ったことがなくて……。だから母も本当に心配してたの。でも、こうやって夏帆さんと婚約してすごく嬉しいわ。これで兄にもやっと“よりどころ”ができるってね……」
「“よりどころ”……?」
「ええ。兄はいつも自分のことは後回しで、家族のことばかり優先してきたから。本人は“父親代わりだから当然だ”って言うけど、やっぱり心配よね。あのままずっとひとりだったらどうしようって」
「そうだったんですね……」
「至らないところもあるかもしれないけど、兄のこと、よろしくお願いしますね」
「こちらこそ……」
「ふふっ、それとね。一番の本音は、夏帆さんと姉妹になれて嬉しいってこと。私、姉妹がいないから」
「あ、私もです。うちは一人っ子だし」
「じゃあ、これからランチとかショッピングとか一緒に行ってくれる?」
「もちろん!」
「わぁ……嬉しい!」
二人は見つめ合い、ふふっと笑った。
夏帆は今、家族が増えた喜びを全身で噛みしめながら、幸せの絶頂にいた。
その頃、紗英は透也と夏帆が以前住んでいたマンションへ向かっていた。
先日留守だったため、再チャレンジするためだ。
(今度こそ、あの女から奪ってやる!)
気合を入れて、少しセクシーな服を選んできた。
もしチャンスがあれば、透也を寝取る勢いで臨むつもりだった。
マンションのエントランスを抜け、エレベーターで三階まで行くと、以前とはまったく雰囲気が違っていた。
透也の部屋の前には建築資材が置かれ、職人たちが声を張り上げて作業をしていた。
(何をしてるの?)
紗英は透也の部屋の前まで歩み寄り、近くにいた職人に声をかけた。
「あの……この部屋の人は?」
ガタイのいい男が振り返り、にっこり笑った。
「昨日、引っ越したよ」
「引っ越した? ど、どうして急に……」
「結婚するらしいよ。だから、彼女と新居に移ったんだ」
その言葉に、紗英の顔色が一瞬で青ざめた。
(嘘! なんでこんなに急に?)
逃げるように消えた二人に、紗英は苛立ちを抑えられなかった。
そして、もう一度食い下がるように聞いた。
「引っ越し先はどこですか?」
「知らないよ。まあ、仮に知ってたとしても個人情報だから教えられないなあ。そのくらいの常識、俺たちでもわかるよなあ?」
男性が同僚に同意を求めると、職人たちは豪快に笑いながらうなずいた。
バカにされたような空気に、紗英は顔を赤くして言い返した。
「そ、それは、どうも! 失礼しました!」
まだ笑っている彼らから逃げるように、紗英はエレベーターへ飛び乗る。
(あの二人が結婚? 嘘でしょ! 知り合ってまだそんなに経ってないじゃない! 絶対嘘に決まってる!)
そのとき、紗英はハッとした。
(たしか駿介さんが言ってた……中条さんはタワマンをいくつも持ってるって。まさか、新居は都内のタワマン? そんなの絶対に許さない! あの女が私よりいい結婚生活を送るなんて、ありえないわ!)
許すも許さないも、居場所が分からない以上どうすることもできない。
しかし紗英は負けを認めたくなくて、都合よく別の考えにたどり着いた。
(そうよ! あの女に勝つには、中条さんよりもっともっといい男を見つければいいのよ! それしかないわ!)
紗英はある計画を思い浮かべ、にやりと笑った。
一か月後――。
“Tranceparent Investment”の社内では、透也と夏帆の婚約はすでに周知の事実となっていた。
CEOの結婚を待ち望んでいた社員たちは、心から祝福していた。
昼休み、共同経営者の新田彰が、上機嫌で透也の席へやってきた。
「ずいぶんご機嫌で、どうした?」
「ははっ、バレたか」
「何かあったのか?」
「いや~、実はさ、日曜日に婚活パーティーに行ってきたんだよ」
「ええっ! お前が?」
透也が大きな声を出したので、近くの社員たちが一斉に振り返った。
「おいおい、声がデカい」
「悪い……。でも、お前、一生独身がいいって言ってなかった?」
「前はね。でも、お前たちを見てたら、俺も結婚したくなっちゃってさ~。で、婚活パーティーにチャレンジしたってわけ」
「そっか。でも、ああいうパーティーでいい出会いなんてあるのか?」
「俺が参加したのは、男の条件が“年収3000万円以上”限定のパーティーなんだよ。女性側もかなり高い会費を取られるから、冷やかしはいなくて、わりといい子が揃ってたよ」
「へぇ、そんなのあるんだ。で、結果は?」
「それがさあ……今、ふたりに絞って悩んでる。だから、お前に見てもらおうと思ってさ」
彰が透也の席へ来たのは、そのためだった。
「写真見てくれよ。どっちがいいと思う?」
差し出されたスマホを見た瞬間、透也はぎょっとした。
一枚目は清楚で控えめな美人。好感が持てる。
しかし二枚目を見て、思わず心臓が飛び出しそうになった。
――そこには、あの結城紗英が写っていた。
「……」
「どっちがいいと思う? 正直に言ってくれ! お前の女を見る目は確かだからな」
「俺だったら、一枚目の彼女かな」
「そうかあ? でも、二枚目も色気があって捨てがたいだろ?」
「いや。このタイプの女は、絶対に浮気する」
「マジか?」
「見りゃ分かるだろう? 金目当て感がむんむんしてるじゃないか」
「……たしかに、話をしたとき車やマンションのことを根掘り葉掘り聞かれたなあ」
「それに比べて、一枚目の彼女は、この照れたような控えめな感じが可愛くないか? もしかしたら、男性経験がない子かも?」
「それは、俺も思った! なんかすべてにおいて初々しかったんだよ。そっか~、じゃあ、やっぱこっちの子かなあ。サンキュー! お前の意見聞けて助かったよ」
彰はそう言って立ち去った。
その背中を見送りながら、透也は彰が紗英を選ばないことを心から祈った。
その夜、部屋で今か今かと彰からの連絡を待っていた紗英は、携帯の通知音が鳴るとすぐにメッセージを開いた。
次の獲物は、ファンドの経営者。
しかも、中条透也と同じ会社の共同経営者だ。
紗英は、偶然パーティーで新田彰と出会った。
その偶然を“運命”だと本気で信じていた。
絶対に逃すまい――そう思っていた。
(高い参加費を払っただけあるわ、ふふ……)
彰の顔は透也には劣るが、年収はほぼ同じ。
住んでいる場所も高級住宅街で、億ションと高級外車を所有し申し分ない。
(見てなさい! 必ず彼を手に入れて、ギャフンと言わせてやるんだから)
紗英は自信満々でメッセージを開いた。
【お誘いありがとう。でも、ごめん。実はあのパーティーで知り合ったもう一人の女性とお付き合いすることになりました。だから、メッセージはこれで最後にします。紗英さんにもよき出会いがあることを心から祈っています】
(はぁっ!?)
まさかの結果に、紗英は般若のような形相で叫んだ。
(きぃーっ! ばかじゃないの! あの男、女を見る目がないわ!)
怒りが一気に噴き上がり、紗英は癇癪を起こした。
手あたり次第に物を掴んでは壁へ投げつけ、悔しさと憤りをぶつけ続けた。
そのころ。
タワマンのリビングでは、透也がソファに座り、膝の上に夏帆をちょこんと座らせていた。
彼はデザートのリンゴを、夏帆に食べさせてと甘えている。
「もうひとつ食べる?」
「ん、食べる」
「じゃあ、あーんして」
「あーん」
子供の様に素直に開かれた口に、夏帆はリンゴを入れる。
透也はそのリンゴを満面の笑みでもぐもぐと噛んだ。
ここ最近、男らしい透也ばかりを見てきた夏帆は、出会った頃のようにゆるふわで、少し甘えん坊の彼を見ながら、ほっとした気持ちになる。
「夏帆が食べさせてくれるリンゴ、美味~い」
「ふふ。まるで子供みたい」
「夏帆のせいだぞ。君といるとつい甘えたくなるんだ」
「ふふ、しょうがないな。もうひとついる?」
「うん」
「じゃあ、あーんして」
「違うよ。りんごじゃなくて、夏帆が食べたい……」
「ふふっ、なんだ……」
夏帆は可笑しそうに笑うと、リンゴの入った皿をテーブルの上に置いた。
それから、透也の方へ向き直り、彼の首に両手を巻き付ける。
「夏帆……今、幸せ?」
「もちろん。幸せ過ぎるくらい」
「そっか、ならよかった」
「透也は幸せ?」
「もちろん。でも、これからはもっともっと幸せになる予定だからね」
「これ以上? それは大変だ~」
夏帆はくすくすと笑った。
二人は、そっと見つめ合い、ゆっくりと唇を重ねた。
互いのぬくもりを感じながら、熱いキスを続けた。
静まり返った部屋には、唇が触れ合う音だけが響いている。
もうすぐ、クリスマスを迎える。
窓の外には、クリスマスツリーの形に彩られたビルの灯りがきらめき、抱き合う二人をそっと優しく照らしていた。
<了>
コメント
44件
一気に読みましたわ。
オマケも楽しかった💕次の新作も楽しみにしています♪ありがとうございました😊
マリコ先生、素敵なアフターストーリー😊💓をありがとうございました✨良い行いをするものとその逆の軌跡をしっかと見届けさせていただきました😈🤣 お休みの後の新作を心待ちにしています♪♪ 本当にいつも楽しませてもらってありがとうございます😊💞
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