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第93話 結婚と子供
午後の安心センター前。
地面から伝わるぬくもりは一定で、影の濃さも変わらない。
淡緑のコートを着た女性と、灰色の上着の男性。
二人の間に、水色の上着を着た子どもが立っている。
袖は長く、手が半分ほど隠れている。
首元には、安心タグ。
さきほど終えたのは、家庭更新の手続。
結婚登録と、子どもに関する説明。
すべては端末の中で完了している。
子どもが、足元の光の線をなぞりながら聞いた。
「さっき、ばんごう って いってた」
女性は立ち止まり、子どものほうを見る。
「市民番号のことね」
「なにそれ?」
男性が、落ち着いた声で答える。
「この国にいる人、
全員にある番号」
「なまえ みたいなもの?」
「名前より、
大事かもしれない」
女性が続ける。
「生まれたとき、
すぐにつくるの」
「うまれたら?」
「うまれたら、
体温を測って、
呼吸を確認して、
それから番号が割り当てられる」
子どもは目を丸くする。
「ぼくも ある?」
「あるよ」
即答だった。
「それで、
なにを するの?」
男性は安心センターの建物を指さす。
「ここでの記録、
学校、
体温、
安心段階、
市民ランク、
全部が
その番号につながってる」
女性は少しだけ声を落とす。
「ヤマトコインの口座も、
市民番号がないと作れない」
子どもは考え込む。
「じゃあ、
こどもは
うまれたら
すぐ ばんごう?」
「そう」
「えらばれないの?」
「えらばれない」
それは、否定ではなく事実として告げられた。
広場の端で、別の家族が説明を受けている。
抱っこされた小さな赤ん坊。
灰色の布に包まれ、顔だけが見えている。
端末に映る文字。
市民番号 仮登録
安心段階 初期層
口座準備中
祝福の言葉はない。
拍手もない。
子どもが、赤ん坊を見て言った。
「あのこも、
すぐ くにの ひと?」
女性はうなずく。
「生まれた瞬間からね」
「じゃあ、
けっこん しなくても?」
「関係ない」
男性が言う。
「結婚は、
一緒に管理するための選択」
「でも、
こどもは
ちゃんと管理する」
女性が続ける。
「何人産んでもいい。
でも、
番号を作って、
口座を用意して、
安心段階を見て、
必要な手続きを全部する」
子どもは小さくうなずいた。
「めんどう?」
女性は少し考えてから答える。
「めんどう、
じゃない」
「あたりまえ」
安心センターの入口が開き、
次の人たちが静かに入っていく。
市民番号は、
証明ではない。
存在を数えるためのものでもない。
この国で、
誰がどこにいて、
どんな温度で、
どんな段階にいるかを
迷わず管理するための、
ただの基準だ。
結婚も、
子どもも、
番号に接続される。
それが、
大和国で生きるということだった。