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アルヴェがシェルターへ入ると、誰もすぐには椅子を勧めなかった。
モルリは入口の前へ半歩出る。ホレはさりげなくハルティナを後ろへ下げる。ミゲロは手にしていた木槌を置いたが、置き方が少しだけ固い。ヌバーでさえ冗談を探せない顔をしていた。
アルヴェはその空気を真正面から受けたまま、鞄から厚い封筒を出した。
「今日は言い訳じゃない」
彼は言う。
「事故の年の裏書類を持ってきた」
サベリオの視線が封筒へ落ちる。
デシアが一歩前へ出た。
「どうして今」
アルヴェは短く息を吐いた。
「今まで持っていたから。持っていたのに、出せなかったから」
その答えはきれいではなかった。だからこそ、変に飾られていない分だけ重い。
グルナラが封筒を受け取り、中身を机へ広げる。複写の紙、修正液の跡が残る決裁書、事故後の対応メモ。どれも表へ出る前の匂いがする。
デシアが頁をめくるたび、顔色が変わっていく。
そこには、落下した装置の不具合を「現場整備の不備」とまとめる文案があった。責任の所在を一人へ集めれば、町の施設管理と再整備計画への影響を小さくできる、とまで書かれている。
「……最初から、そうするつもりだったんだ」
デシアの声が低くなる。
アルヴェは頷かない。ただ、否定もしなかった。
サベリオは紙を手に取らなかった。机の上に並んだ字だけを見ている。その視線は不思議なくらい静かだった。
「俺の整備ミスってことにした方が、都合がよかったんだな」
誰にも返せない言葉だった。
アルヴェがようやく口を開く。
「当時の俺は、全部知ってたわけじゃない。けど、途中で気づいた」
その声は少し掠れていた。
「気づいたのに、黙った。上に逆らえば次が消えるって思った。自分の立つ場所の方を選んだ」
「最低」
モルリが吐き捨てる。
「そうだな」
アルヴェは受け止めた。
その素直さがかえって腹立たしくて、モルリは唇を噛む。
サベリオがやっと一枚を手に取る。紙の端がかすかに震えた。怒っているのか、悲しいのか、自分でも整理がついていない顔だった。
「じゃあ、俺が守った子どものことも」
彼が聞く。
アルヴェは視線を伏せる。
「記録から外された。表へ出したら別の家が傷つくって理由で。でも、本当は責任の線を増やしたくなかっただけだ」
トゥランが息を呑む音がした。
空気が重く沈みかけた時、デシアが書類を束ね直した。
「これ、使う」
彼女ははっきり言う。
「今さら許すためじゃない。埋められたものを埋めたままにしないために」
アルヴェは少しだけ目を閉じる。
「そのために持ってきた」
ヌバーがようやく口を開く。
「敵だった男が、急に資料係みたいな顔してるの、落ち着かないな」
微かな笑いが起きた。小さいが、完全な断絶を防ぐだけの笑いだった。
グルナラは書類を揃えながら言う。
「これで終わりじゃない。まだ足りない」
「分かってる」
アルヴェは頷く。
その時、入口の外に別の足音が止まった。
ニカットだった。珍しく、迷っている顔ではなく、何かを決めた人の顔をしていた。