二人はカフェから戻ると、仲良く並んでキッチンで夕食の準備を始めた。
それを見た航太郎は、ふとこんな風に思った。
(あれ? なんかあったのかな?)
二人のぎこちなさはすっかり消え、まるで昔からの知り合いのように自然に会話をしている。それを見た航太郎は、思い切って二人に問いかけてみた。
「ねぇねぇ、今日、なんかあったの?」
「え? どうして?」
「うん、なんか二人が仲いいから」
航太郎の言葉を聞いた二人は、目を見合わせてフフッと笑った。
「今日ね、看病のお礼に桐生さんが会社まで迎えに来てくれたの」
「そうだったんだ。でも、それだけじゃないでしょ?」
子供の勘は鋭い。
葉月は仕方なく、『パフェ』のことを伏せつつ、カフェに寄ったことを白状した。
「帰りに『grandswell』に寄って、コーヒーを飲んで来たの」
「なんだ、そうだったんだ」
「あそこのロコモコ美味いんだって?」
賢太郎がたまねぎを切りながら聞いた。
「そうだよ! ムッチャ美味しいよ!」
「じゃあ、今度三人で食べに行くか! 俺も食べてみたいからさ」
「いいよ、みんなで行こうよ!」
航太郎は嬉しそうだ。
その夜のメニューは、賢太郎特製の生姜焼きだった。
太めに切った玉ねぎと、たっぷりのニンニクが入った賢太郎の生姜焼きは、いつもの生姜焼きとはひと味違う。
生姜焼きの横には、山盛りの千切りキャベツが添えられ、見た目のボリュームも満点で、航太郎にも大好評だった。
「すげー、母ちゃんのとはまたひと味違って、めちゃくちゃ美味い!」
あまりの美味しさに、航太郎はご飯をおかわりした。
食事が終わると、賢太郎は航太郎の勉強を見に、二階へ上がって行った。
その間に、葉月は片付けをする。
食器を食洗器に入れながら、葉月は三人での夕食風景を思い返していた。
賢太郎がいる食卓は、違和感がまったくなかった。
あまりにも自然だったので、まるで昔から三人で食事をしてきたかのような錯覚さえ覚えた。
(何でかな? 不思議ね……)
そんな風に考えながら、葉月は片付けを続けた。
二時間ほどすると、ようやく賢太郎が降りてきた。
家庭教師を引き受けてくれた賢太郎のために、葉月はコーヒーを淹れる。
「ごめんねー、病み上がりなのに」
「大丈夫だよ。それより、航太郎が俺の母校の大学へ行きたいって言ったから、驚いちゃったよ」
「そうなの。あなたと知り合う前から言ってるの」
「中学の時から行きたい大学があるなんて、すごいよな。俺なんか高校に入ってから決めたのにさ」
「なんか、やりたいことがあるみたい。でも、あの大学って難しいでしょう? 塾なしでも大丈夫なのかなぁ?」
「航太郎は地頭がいいから、高校に入ってから考えれば大丈夫なんじゃない?」
「そう?」
葉月はそう返事をしながら淹れたてのコーヒーを持っていった。
「ありがとう」
賢太郎はコーヒーを一口飲んだ。
その時、航太郎が二階から降りてきて、二人に言った。
「先にお風呂に入ってもいい?」
「いいけど、何かあるの?」
「今夜流星と話す約束をしてるから」
「あ、そうか。もうすぐ長野だもんね」
「うん。じゃあお先に!」
航太郎はそう言って、バスルームへ向かった。
「長野って、佐伯さん?」
「そう。夏休みに入ってすぐの5日間、あの子、佐伯さんのお宅でお世話になるのよ」
「へぇ……」
「去年もお世話になったんだけど、今年は佐伯さんが山でのキャンプにも連れて行ってくれるみたい」
「それは楽しそうだなー。絶対いい経験になるよ」
「私もそう思う」
「で、その間、葉月は?」
「え? 私はいつも通り仕事よ」
「夏休みはないの?」
「うーん、夏休みは8月に入ってからかなー」
「そっか。仕事なら仕方ないなー。じゃあ航太郎がいない間は、仕事帰りに俺とデートしよっか?」
「え?」
「お互いのすべてを知るためには、二人だけの時間が必要だろう?」
「す、すべて……?」
まさかそんな提案をされるとは思ってもいなかったので、葉月は言葉に詰まってしまう。
「お? 今エッチなこと考えた?」
賢太郎がからかうように言ったので、葉月はムキになって言い返した。
「そ、そんなこと、考えてないわ!」
「ムキになってるってことは、やっぱり考えてただろう?」
「違います! 考えてませーん!」
「あやしい……」
「本当だってば!」
顔を真っ赤にして怒った葉月は、持っていたカップをテーブルに置くと、そばにあったクッションをつかんで勢いよく賢太郎に投げた。
しかし、賢太郎はそれを軽々片手でキャッチした。
「コーヒーこぼれちゃうよ」
「だって、からかうんだもん」
「からかってないよ、思ったことを言っただけだよ」
すると葉月は、再びもう一つのクッションを賢太郎めがけて投げつける。
それも見事にキャッチすると、賢太郎は腹を抱えて笑い始めた。
「アハハハ、葉月をからかうと面白いな」
「からかわないでっ!」
「あー、腹痛い……こんなに笑ったのは久しぶりだよ」
「明日、お腹が筋肉痛になって苦しめばいいのにっ!」
葉月はまだぷりぷりと怒っている。
それを見た賢太郎が、穏やかに言った。
「はいはい、俺が悪かったですー」
「いいかげんにして! もう年上をからかわないでよ!」
「あ、また歳のこと言った」
「だって、私が年上なのは事実だもん」
「ほら、そうやって拗ねるから、ついからかいたくなっちゃうんだよ」
「これは私の性格だから、しょうがないんですぅー」
思いっきり拗ねた口調で言った葉月は、自分でも可笑しくなりつい笑い出した。
それにつられて、賢太郎も声を上げて笑う。
リビングには、大人二人の楽しそうな笑い声が響いていた。
その時、洗面所のドアが少し開いた。
ドアの隙間からは、航太郎が聞き耳を立てている。
「よしよし、その調子! イイ感じだぞー! 二人には、もっと仲良くなってもらわないと……」
航太郎は小さな声で呟くと、二人に聞こえないようにそーっとドアを閉めた。
(あとで流星に報告しないと!)
航太郎はニヤリと笑うと、口笛を吹きながら服を脱いでバスルームへ向かった。
コメント
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隙間デートでしっかり隙間を埋めた二人❤️ 完全に家族ですね 賢太郎様の男の生姜焼きをお腹いっぱい食べて 勉強も見てもらえて航太郎君も更に賢太郎様好きになってきたようですね 本物の家族になるのも秒読み❣️と感じました(*^_^*)
この話を読んでロコモコ食べたくなり息子にもロコモコ弁当を作りました😆
尊敬する賢太郎には素直になれる可愛い航ちゃん🥹🍀 航ちゃんがキャンプに行っとる間に お互い「すべて」を知るのね💗(*´艸`*)