トゥルルルー トゥルルルー
「もしもし公平(こうへい)? ああ、今終わった。そう車ん中! うん、今ハンバーガー買ったから食ってから帰るわ。雪? こっちはもう積もり始めてるぞ。え? 大丈夫だよ、ちゃんと冬タイヤ履いてるから…ああ、うん、じゃあな」
ツーツーツー…
「ふーっ」
男は車のエンジンをつけたまま、先ほどドライブスルーで買ったハンバーガーにかじりつく。
男の名前は、深山省吾(みやましょうご)・41歳。
省吾はこの日、雑誌の取材で鎌倉を訪れていた。
省吾はIT企業・CyberSpace.inc(サイバースペース インク) のCEOだ。
CyberSpace.inc は急激に実績を伸ばしているIT企業で、最近はAI分野にも乗り出していた。
その会社のCEOである省吾は、今最も注目されている男だ。
今日は省吾の会社が投資しているスタートアップ企業へ取材が入った。そこへ省吾も呼ばれた。
出来て間もない小さな会社がメディアに取り上げてもらうのは、更なる出資者を募る上で何かとプラスになる。
今日省吾が顔を出した会社は、24歳の若者5人が大学時代に立ち上げた株式会社T・Mだ。
株式会社T・Mでは、これからさらに人手不足が深刻化する物流業界にAI技術を取り入れ、人の手を必要としないシステムの構築と効率化を目指していた。
彼らの会社は、鎌倉の古い倉庫を借りて自分達で手を加えて社屋にしていた。
生まれた時からネット社会で育った彼らの発想は、省吾の世代には思いつかないような斬新さがある。
そして若者の特権とも言える不屈の精神と夢を追い求める純粋な心が、仕事に顕著に表れるので見ていて気持ちがいい。
省吾はそんな彼らを見ながらつい若い頃の自分を思い出していた。
そして自分に出来る事があればなんでも協力しようと全力でサポートしている。
そして先ほど省吾に電話をかけてきたのは、省吾の右腕とも言える CyberSpace.inc のCOO。
最高執行責任者の川田公平(かわだこうへい)だ。
公平は省吾とは大学時代の同期で、共にここまで歩んで来た。
省吾が会社をここまで大きく出来たのも、公平がいたからだ。
二人は親友でもあり戦友でもある。
省吾にとって気心の知れた公平は、公私共になくてはならない存在だった。
食事を終えた省吾は、コーヒーを飲みながら携帯を取り出しメールをチェックする。
急ぎの案件だけに返信すると、携帯をしまい残りのコーヒーを飲み干す。
その時何気なく視線を前に向けた。
フロントガラスには、先ほどよりも大粒の雪が積もり始めていた。
「三月にこの大雪かよ……」
省吾は呆れたように呟くと、前方の海を見つめた。
その時、誰もいないと思っていた浜辺で何かが動くのが見えた。
(ん? 誰かいるのか?)
省吾はもう一度目を凝らして波打ち際を見つめる。
すると、やはり浜辺には誰かいるようだ。
その人物は、オフホワイトのニット帽に同系色のダウンコートを着ている。
ダウンコートが白いので、雪に紛れて今まで気づかなかったようだ。
(こんな大雪の日に、一体何をしているんだ?)
気になった省吾はその人物の動きを追った。その人物は女性のようだ。
オフホワイトのニット帽からは長い髪が見えている。
向こうを向いているので顔はよく見えないが、おそらく20代~30代くらいの女性だろう。
女性は腰を折り曲げ屈んだ状態で、波打ち際を行ったり来たりしている。
何か探し物をしているような雰囲気だ。
屈んだ女性の背中にはかなりの雪が積もっていた。その様子からはかなり長い時間その姿勢でいたようだ。
(こんな大雪の日に雪ダルマになっちまうぞ。一体何を探しているんだ?)
そう思いつつ、省吾は気になりそのまま観察する。
その時、突然厚い雲に覆われていた空から一筋の光が差し込んで来た。
舞い落ちる雪は光に反射し銀色に輝き始める。
そしてあっという間に辺り一面がキラキラと輝く銀世界になった。
それに気づいた女性は身体を起こすと、銀色の雪が舞い落ちてくる空をじっと見つめる。
「銀雪(ぎんせつ)か……」
省吾は呟く。
次の瞬間、女性が目の辺りを指で拭うのが見えた。省吾には涙を拭いているように見えた。
(泣いていたのか?)
弾かれたように省吾は車のエンジンを切ると、助手席にあった傘を持って車の外へ出る。
そして砂浜へ続く階段を降り、女性がいる波打ち際を目指した。
雪はかなり積もっていて、気をつけないと足を取られそうだ。
省吾が波打ち際にたどり着くと、女性は探し物を続けている。
その時、麻生奈緒(あそうなお)は小さなため息をついていた。
(やっぱりもう見つからないのかな…)
くじけそうになりつつ、もう少し探してみようと腰を屈める。
今夜から明日にかけては、季節外れの大寒波により大雪警報が出ていた。
雪がこれ以上積もったら、探すのは困難になってしまう。
奈緒はできるだけ雪が降り積もらないうちに、『それ』を見つけなければと焦っていた。
舞い落ちる雪は冷たい。
雪が頬や手に触れると、体温がどんどん奪われていく。
暖かいダウンジャケットを着てニット帽をかぶっていても、身体はどんどん冷えていく。
三月なのに、まさかこんな大雪になるとは思いもしなかった。
(寒い……)
奈緒は思わず両手を擦り合わせる。
手袋をしていない手にフーッと温かい息を吹きかけてみる。
その時、頬に当たっていた大粒の雪が突然やんだ。
(?)
不思議に思った奈緒が上を見ると、そこに大きな黒い傘があったのでびっくりする。
そして奈緒は慌てて後ろを振り返った。
するとそこには黒い傘を持った背の高い男性が立っていた。
コメント
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皆さまと同じく大切に読みたい作品ですよね。楽しみです😆
マリコ先生の新参者読者なので。こちらの作品初です🤩🤩 連載楽しみに読ませて貰いますね🥰
瑠璃マリコ先生 また読める事が嬉しいです♪ 大好きな作品です❤️