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ドアが開く前から、足音で分かった。
「どうせ来ると思ってた」
「ひどくない? ノックする前からそれ」
「ノックの間が、もうお前だった」
蓮司は椅子にもたれたまま、視線だけ向ける。
相談者は苦笑して、勝手に椅子を引いた。
「今日は何。人生相談?」
「人生ってほどでもないけど……たぶんそれ」
「便利なジャンルだな」
相談者は机に肘をつき、顎を手に乗せた。
「なあ。
俺さ、“何者にもなれてない感”がずっと消えない」
「急に壮大」
「茶化すな」
「茶化すとこだろ」
言い合いながらも、相談者の声は軽くない。
「周り見てるとさ。
あいつは部活で結果出してるとか、
あいつは勉強得意とか、
みんな“ラベル”持ってる感じするんだよ」
「スーパーの商品みたいだな」
「そう。で、俺だけ無地」
「シンプルイズベスト」
「慰めになってない」
相談者は鼻で笑ってから、視線を落とす。
「別にサボってるわけじゃない。
ちゃんとやってる……つもりではある」
「“つもり”ね」
「うるさい。
でもさ、頑張っても“これだ”ってものがなくて」
指先が机をなぞる。
「進んでない感じがする。
足踏みしてるっていうか……
置いていかれてる気がする」
「置いていかれるほど、誰も見てない」
「それもそれで悲しい」
蓮司は少しだけ口角を上げた。
「何者かにならなきゃいけないって、誰が決めた?」
「世間?」
「便利なやつだな、さっきから」
「だってさ。
“何してる人?”って聞かれるの、地味に怖いんだよ」
「自己紹介トラウマ勢」
「そうそれ。
“今は特に……”って答えると、
空気が一瞬止まる感じ」
「相手が悪い」
「そう言い切れるメンタル欲しい」
蓮司はペンを回しながら、淡々と続ける。
「“何者にもなれてない”って感覚、
だいたい“途中”にいるだけだ」
「途中って、いつ終わるんだよ」
「知らん」
「雑」
「終わりが見えてるなら、こんな相談来ないだろ」
相談者は一瞬、言い返そうとして、やめた。
「……確かに」
しばらく沈黙。
でも、重くはならない。
「俺さ。
何者かになれない自分を、ちょっと恥ずかしいと思ってる」
「それ言えた時点で、だいぶ進んでる」
「またそういうこと言う」
「事実」
蓮司は椅子を揺らしながら言う。
「ラベルがないってことは、
まだ貼られてないだけだ」
「剥がされた可能性は?」
「それはその時考えろ」
相談者は小さく笑った。
「……なんかさ。
焦ってたんだと思う。
早く“何か”にならなきゃって」
「早熟は、だいたい早く燃え尽きる」
「言い方」
「褒めてないけど、否定もしてない」
相談者は立ち上がり、鞄を持つ。
「今日のまとめは?」
「無地でも売り場には並んでる」
「雑だけど、嫌いじゃない」
ドアの前で振り返る。
「また来るわ。
何者にもなれてないまま」
「その状態が一番ネタ多いからな」
「ひどい」
ドアが閉まる。
蓮司は一人になった相談室で、静かにペンを止めた。
途中にいるやつほど、
自分を“何もない”と思いがちだ。
――まあ、途中が一番長いんだけどな。