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空気はぐっと冷えて、虫の音も少し遠くなった。小さな足音。ジッパーの音がそっと鳴る。
遥がテントを抜け出して、焚き火の残りに膝を寄せた。
火はほとんど消えかけていて、炭がかすかに赤く光っている。
遥(小声)「……冷えるな」
そこへ、数分遅れてもう一人。
パーカーを羽織った日下部が、焚き火の反対側に腰を下ろす。
日下部「……眠れない?」
遥「……うん。たぶん、寝たくないのかも」
日下部「夢、見た?」
遥「……見ない。最近ずっと。寝ても、ただ暗い」
沈黙。炭の崩れる、かすかな音。
日下部「俺は……夢見るときある。遠くの道とか、階段とか。永遠に終わらないの」
遥「なんだそれ、怖いな」
日下部「怖いけど、ちょっと安心する。終わらないって……起きないってことだから」
遥「……変なやつ」
日下部「お前もな」
ふっと、遥が少しだけ笑う。
あたたかい笑いじゃなくて、体の奥からこぼれたような、空気のすき間みたいな音。
遥「……いつまで、いんの? お前」
日下部「今?」
遥「……俺のこと、そんなに気になる?」
日下部は一瞬だけ返事に詰まってから、まっすぐ遥を見て言う。
日下部「……気になる。ずっと」
遥「……やめとけよ。ほんとに」
日下部「……やめられない」
遥は黙って、もう一度火の跡を見る。
なにも返さない。でも、座る姿勢が少しだけほぐれた。
遥「……あったかいな、まだ」
日下部「……うん」
静かな夜の底で、言葉のやりとりはそれだけ。
だけどそのまま二人は、何も言わずにそこに座り続けた。
風が枝を鳴らし、雲がゆっくり流れていった。
――火の気配だけが、まだ残っていた。