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七星と別れた野中は、優人のいる医局へ顔を出した。
「ほら! これ、欲しがってた資料」
入ってきた野中に気づき、優人が礼を言う。
「ありがとうございます、先輩。助かります」
医局には他に、電話中の医師が一人いるだけだった。
野中は優人の隣の空いた席に腰を下ろし、声を落として言った。
「今、七星ちゃんが、すごい勢いで帰っていったぞ」
“七星”という名前に、優人はすぐ反応する。
「遠坂さんが?」
「慌てて帰ってたから、デートかな?」
ニヤッと笑う野中に、優人はあえて穏やかに返した。
「へぇ……そうですか……」
その反応が物足りなかったのか、野中がさらに突っ込む。
「あれえ? 気にならないの?」
「気になるって、何がですか?」
少しムッとした優人の様子に、野中は笑いをこらえながら続けた。
「最近、噂になってるぞ。お前と七星ちゃんのこと」
その言葉に、優人は思わず聞き返す。
「僕と遠坂さんが……?」
「“再起をかけて新天地に赴任した医師が、亡き妻にそっくりの女性と出会い、心揺らぎ、果たしてその先どうなるのか”……ってな」
「…………」
七星に声をかけると、周囲から妙に視線を感じるとは思っていた。
だが、まさかそんな噂が院内に飛び交っているとは思いもせず、優人は言葉を失った。
「お前が彼女と話していて和む気持ちは分かるよ。俺みたいなおっさんでも、気取りのない七星ちゃんと話すとほっとするからなあ。ただな、噂になるほど近いのはあまりよくない。女ってのは、男じゃなくて“目についた女”のほうをいたぶる傾向があるからな。七星ちゃんのことを思うなら、そこは気をつけとけよ」
その意味を、優人はすぐ理解した。
以前勤めていた大学病院で、教授の娘との婚約が広まった途端、看護師たちの態度が急に冷たくなったことを思い出す。
美奈子は院内の人間ではなかったから無事だったが、もし同僚だったらと思うと背筋が冷えた。
(僕の振る舞いひとつで、彼女を精神的に追い込むことにもなりかねないのか……)
自分の浅はかさに気づき、優人は深く後悔した。
その様子に気づいた野中が、少し柔らかい声で言う。
「まあ、そんなに落ち込むなって。七星ちゃんはこれまでもいろんな噂に振り回されてきたし、慣れてるから大丈夫だ」
「いえ……僕が軽率でした。今後は気をつけます」
「うん。まあ、節度を持って……な。頼むよ」
野中は優人の肩を軽く叩き、出口へ向かった。
そして部屋を出る前にもう一度振り返り、こう告げた。
「今日、七星ちゃんが急いでいたのはな、バイク事故で亡くなった友人の追悼集会があるからだそうだ」
野中は穏やかに微笑み、軽く手を上げて医局を後にした。
(バイク事故で亡くなった友人の……?)
七星が急いでいた理由を知り、優人は胸の奥でほっとしている自分に気づいた。
その頃、七星は街中の居酒屋で、高校時代の仲間たちと集まっていた。
涼真や恵太、恵太の婚約者・美紅もいる。
総勢三十名ほどの仲間が、二年前に亡くなった友の思い出話に花を咲かせていた。
「あいつ、本当にいいやつだったよな~」
「ああ。バイクの腕も悪くなかったのに、なんで事故に……やっぱ雨だったからだよなあ」
「おい七星。雨の日の運転には、くれぐれも気をつけろよ」
涼真に言われ、七星は面倒くさそうに返す。
「分かってるって……」
亡き友の件で、バイク事故の怖さは十分身に染みている。
最近の七星は安全運転を心がけており、涼真に口うるさく言われる筋合いはなかった。
やがて店を出ると、帰る者と二次会へ向かう者に分かれた。
七星は翌朝からシフトが入っているため、まっすぐ帰ることにする。
「じゃあ、私、帰るね」
「七星、もう帰っちゃうの?」
美紅が残念そうに声を上げる。
「うん。明日早いから」
「病院で働き始めてから、なんか付き合い悪くなったよね~」
酔って絡む美紅を、恵太がなだめる。
「それでいいんだよ。七星のばあちゃんは、孫がまっとうな仕事に就くのを望んでたんだから」
涼真も続けた。
「そうそう。ばあちゃんが亡くなった後に看護助手になったけど、きっと天国から喜んで見てるよ」
「だから、多少付き合い悪くてもいいの」
二人のフォローに、七星は笑顔で答えた。
「二人ともサンキュ。美紅、またね! 今度またランチしよ」
「わかった。また連絡するぅ~」
美紅はすっかり機嫌を直し、恵太とともに二次会組のほうへ向かった。
涼真だけが残っていたので、七星は首をかしげる。
「涼兄、二次会行かないの?」
「うん……俺も今日はいいかな」
「珍しいじゃん。涼兄にもそんな日があるんだね」
「まあな。バス、まだ最終あったよな。じゃあ、行くか」
二人は同じ方向だったため、同じバスで帰ることにした。
コメント
10件
野中院長のさりげない気遣い、流石です!✨ 優人先生、七星ちゃんが気になる存在だから、自然と近づきたくなっちゃうよね😊 この噂のことで、2人の距離が遠のかないといいな…
野中院長流石によく見てますね👀 優人先生この助言を聞いて今後どうやって七星ちゃんと会話していくのかな?由希の悪意から守って下さいね でも七星ちゃんの方が由希より上手かな めげないでね優人先生と七星ちゃん^_^
野中院長は、さすがに、周りを良く見て、噂にも耳を傾けてますね〜(。˃ ᵕ ˂ )b 確かに、接し方の距離感大事だとは思うけど、近付いてきた二人の関係が、また少し離れるのは寂しいなぁ…。七星ちゃんは、そんな気全くなくても、見る人が見れば、妬まれるもんね💦 そしてそして、涼真くんも、やっぱり七星ちゃんが気になるのね〜☺️もうひとつの関係がどうなるのかも気になる〜😆
#幼なじみ