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#海辺の町
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その日の夕方、離れの机には、享佑が持ってきたプリンがずらりと並んでいた。蓋の上に小さく日付が書いてあり、スプーンまで数が合っている。享佑らしい隙のなさだ。
「一人一個。今度は先に食べるなよ」
「今度は、って何」
莉々夏が笑う。
「前に義海が二個食べた」
「食べてない。俺は半分を二回食べただけ」
「それを二個って言うの」
騒ぎながら配っていくと、一つだけ足りなかった。
机の上に九個。人数は十人。
享佑の顔が、すっと真顔になる。
「……誰だ」
「怖」
絋規が即座に言った。
義海が両手を上げる。
「俺じゃない」
「まだ聞いてない」
「先に言っとくほうが助かるかなって」
啓介は数え直したが、やはり九個しかない。包み紙の折り方まで几帳面な享佑が、最初から入れ忘れるとは思えなかった。
芽生がふと口元を押さえた。そこに、ほんの少しだけ黒いカラメルがついている。
享佑の視線が止まる。
義海も止まる。
啓介も止まる。
「え」
芽生がみんなの目線の意味に気づき、目を丸くする。
「違います」
「違うのか」
啓介が反射で言ってしまう。
「違います」
「いや、俺は別に疑って」
「今、疑いました」
「疑ってないとは言ってないけど」
「それ、ほぼ疑ってますよね?」
場がざわつく。絋規が肩を震わせて笑いを堪え、莉々夏が「だめ、面白い」と机に突っ伏した。
芽生は鞄の中を見せた。メモ帳、巻尺、折りたたみ定規、飴。プリンはない。
「ほら」
「でも口元」
義海が指す。
芽生は手鏡を見て「あ」と声をもらした。
「これ、お昼に食べた黒みつ団子です」
享佑は腕を組んだまま、まだ納得していない顔だった。
「じゃあプリンはどこ行った」
「寺の猫とか?」
海花が小さく言う。
「猫が蓋を開けるかよ」
「開けそうな顔はしてる」
そのとき、廊下の向こうから、子どもの走る足音がした。寺に出入りしている近所の男の子が、空になった小瓶を両手で抱え、「おいしかった!」と無邪気に笑う。
一瞬の静寂のあと、離れに大きなため息と笑い声が重なった。
享佑だけが目を閉じて天井を向く。
「……先に言え」
「だってもらっていいって思った」
「思うな。聞け」
芽生は胸に手を当てて、ほっと息を吐いた。啓介はその横顔を見て、さっき自分がした反応を思い出し、少しだけ居心地が悪くなる。
芽生がちらりと啓介を見る。
「庇うなら、せめて上手にお願いします」
「庇えてなかった?」
「全然」
義海が吹き出し、莉々夏が机を叩いて笑った。
離れの夕方は、また一つ、くだらなくて大事な騒ぎを手に入れた。