買い物と宅配便の発送を終えた奈緒は、家に帰るとノートパソコンを開く。
パソコンが起動する画面を見ながら、無意識に徹の事を思い出す。
徹は36歳、奈緒よりも5つ上だった。
入社した奈緒が営業推進本部に配属されたのがきっかけで、二人は出会った。
もちろん配属されてしばらくは、あくまでも先輩後輩として接していた。
徐々に仕事を覚えていった奈緒は、やがて営業アシスタントとして働き始める。
男性社員が外回りで収集したデータの整理、会議で使う資料作り、そして社内研修やセミナー等も担当していた。
そうして一年が過ぎると、奈緒は徹と組んで仕事をする事が増えていく。
常に迅速で柔軟な対応をする奈緒の仕事ぶりは、徹の期待をかなり上回っていた。
奈緒のサポートのお陰で徹の成績はぐんぐんと伸び、二人は部内で名コンビと言われるようにまでなった。
徹はそんな奈緒の事を、いつしか特別な存在だと思うようになっていた。
元々営業推進本部のエースだった徹は、コミュ二ケーション能力や企画力、行動力に長けていて上司からの信頼も厚い。
長身で爽やかなイケメンの徹は、常に女子社員達の憧れの的だ。
社内ですれ違う女子社員のほぼ全員が振り返るほど、徹はかなりの人気者だった。
一方奈緒はというと、恋愛に関しては消極的で結婚願望もほとんどなかった。
母子家庭で育った奈緒は、とにかく母親を安心させたい一心で、早く一人前になりたいと思っていた。
だから恋愛云々よりも仕事に集中したいと思っていた。
将来女一人でも生きて行けるようにと、就職してからも様々な資格にチャレンジしていた。
だから奈緒は他の女子社員と同じ様に、徹の事を異性として意識した事は一度もない。
奈緒だけが自分に無関心だと気付いた徹は、急に奈緒の事を意識し始める。
そして徹から告白して二人は付き合い始めた。
それまでほとんど恋愛経験がなかった奈緒は、男女の付き合いに慣れるまでかなりの時間がかかった。
そんな初心な奈緒の事を徹は本気で好きになっていく。
奈緒が26歳の時から付き合い始めたので、交際期間は約五年。その五年間特に喧嘩らしい喧嘩もせず、二人の交際は順調に進んでいった。
30歳を迎える頃、さすがに奈緒も結婚を意識するようになる。しかし徹からのリアクションは何もない。
この年頃になると、奈緒の周りでも結婚したり出産する人が増えてくる。
そんな状況で少し焦る気持ちもあったが、徹との良い関係は続いていたので奈緒はなるべく気にしないようにして日々過ごしていた。
それから一年経った頃、突然徹が奈緒にプロポーズをした。
今までは結婚に全く興味のなかった徹がいきなりプロポーズをしてきたので、奈緒は驚いた。しかし結婚するなら徹以外の人は考えられなかったので、すぐにOKの返事をする。
そしてプロポーズの後、奈緒は徹にプラチナ製のダイヤモンドの婚約指輪を買ってもらった。海に投げ捨てたあの指輪だ。
近々奈緒は、徹の実家へ結婚の挨拶に行く予定にしていた。
しかしそれは叶ぬまま、奈緒は病院の霊安室で初めて徹の両親と会った。
徹の母が冷たくなった息子にすがりつき大声で泣いているのを見て、奈緒はかける言葉も見つからない。
そして同じように悲しみに暮れる奈緒に、もう一つの大きな試練が襲いかかる。
徹がいる霊安室の隣には、一人の女性の遺体が安置されていた。
警察の話によると、女性は徹の車の助手席へ乗っていて事故に遭い
女性の名は三輪みどり、30歳。みどりは徹と奈緒と同じ部署に所属する奈緒より一期下の後輩だった。
みどりは華やかなタイプの美人で、入社当時からとても人気があった。
事故の当日、徹は出張で静岡へ向かっていた。
温泉好きの徹は、出張の際近くに温泉があればいつも温泉宿へ泊まる。
その温泉宿へ向かう途中で二人は事故に遭ったと警察は言った。
それを聞いた奈緒はショックで頭が真っ白になる。もちろん徹の両親も同じようだ。
近々婚約者として家に連れてくる予定だった女性が目の前にいるのに、息子は違う女性と事故に遭い死んだ。
息子の不祥事を知った徹の両親は、かなり狼狽していた。
しかしすぐに保身に回り、悲しみに暮れる奈緒にこう言い放った。
まだ正式な挨拶も結納も交わしていないのだから、奈緒の事を正式な婚約者だとは認められないと。
婚約者のいる息子が違う相手と旅行に行っていた事が、親戚や知人に知れ渡ったら困ると焦ったのだろう。
徹の両親は自分達の体裁を守る事に、必死で奈緒に冷たい言葉を浴びせる。
しかし徹の両親の不安はこれだけではなかった。それは車に同乗して命を落とした三輪みどりの両親への対応だ。
婚約者がいる徹が大事な自分の娘にも手を出したとわかったら、みどりの両親から訴えられかねない。
おそらく徹の両親はそれを一番心配していたのではないだろうか?
だから婚約者である奈緒という存在を消したかったのだろう。
おまけに徹の母は奈緒に向かってこんな事まで言った。
「嫁にするならご両親がちゃんと揃っているご家庭のお嬢さんじゃないとねぇ……」
そのあまりにも非情な言葉に、奈緒の心は深く傷付く。
しかしそんな奈緒を、千葉の実家から駆け付けてくれた母の聡美が守ってくれた。
「うちの娘はお宅の息子さんにはっきりプロポーズされたんですよ? だからご挨拶に行く日も決まっていたんじゃないですか! それなのに婚約はなかったなんてよく言えますわね。本当だったらうちの娘がお宅の息子さんを訴えてもいいくらいなのに……。でも今更そんな事を言っても徹さんは戻ってきません。だから私達もそこまでするつもりはありません。ですからせめてうちの娘には静かに徹さんの事を見送らせてやってくれませんか? もしそうさせていただけるなら、二人が婚約していた事は黙っていますから」
奈緒の母親の言葉を聞き、徹の両親は急に正気を取り戻したようだ。そして奈緒に辛く当たった事を詫びた。
葬儀の日、奈緒は母親と一緒に告別式に参列した。
徹に婚約者がいる事は伏せられていたので、徹の親戚達から奈緒に注目が集まる事はなかった。
しかし葬儀の手伝いに来ていた同僚達からは、いっせいに同情の目が集まる。
そんな中、なんとか奈緒は徹との最期のお別れをした。
もちろん一般の参列者として葬儀に出席していたので、火葬場までは立ち会えなかった。
奈緒が辛かったのは、徹の親族がみどりの事を徹の交際相手だと思っていた事だ。
その状況があまりに辛くて、奈緒は徹との別れを済ませると母と共に足早に葬儀会場を後にした。
その時奈緒はハッと我に返る。
どうやら当時の事を思い返していたようだ。
(しっかりしなくちゃ!)
奈緒は両手で頬をぺちぺちと叩いて自分に喝を入れる。そして今度面接を受けに行く会社のホームページをパソコンに表示した。
それから会社概要にざっと目を通す。
会社の詳細がわかると、今度はCEOの挨拶のページを開いてみる。
そこには挨拶文だけが掲載され、CEOの写真は載っていなかった。
(まあ名前は知ってるからなんとかなるでしょ)
ホームページの隅々まで目を通した奈緒は、最後にもう一度本社の所在地を確認する。
(そうだ、履歴書書かなくちゃ)
それから奈緒は買っておいた履歴書をテーブルへ持ってくると、早速記入を始めた。
コメント
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こんなお家に嫁がなくて良かったじゃん!! と第三者は簡単に言えるけれど当事者はそう簡単に感情のコントロール出来ないよね🥲 今は辛いけれど心機一転新しい環境に飛び込もう!
投げ捨てた 指輪と浮気の 相手三輪 三輪が盗る 息子「徹」で 無理通る みどりとの 二股バレたら 赤っ恥 周り白けて 顔青ざめる みどりとは おっと、今日はこん位にしとこ。
突然の交通事故死でショックな上徹側の体裁だけ守って奈緒ちゃんに辛く当たるとは‥😨 お母さんが反論してくれて救われたけど深く傷付き精神的にキツかったね😭 転職を機に奈緒ちゃんが少しずつ前向きになれますように🫶✨