テラーノベル
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無理が通れば道理が引っ込む、という言葉がある。
今の状況が正にそれだ。朝起きてご飯を食べて学校に行って授業を受けて――つまり、ほんの数時間前まで普通に生活を送っていた。
それは特段、楽しいことも嫌なこともない日常。だけど、今は違う。
うちは全身、滝のような冷や汗をかきながら、ユカリの手をにぎりしめたまま、ベタつくような夕闇に浸された校舎の中を全力疾走している。まだ先生や用務員の人達が残っている時間帯にもかかわらず、廊下で誰とも出会わなかった。
不自然と言えば不自然だけど、この手の出来事には「あるある」だったし、今、そんなことを気にしている場合じゃない。
数メートル後ろから両手に刃物を握りしめた血まみれの男の子が四つん這いの姿勢のまま、すごい速度でうちらを追いかけて来ているから。
化け物、幽霊、妖怪、怪異……。どう呼んだっていいけれど、とにかくあれはこの世のものじゃない。もし、アキミチ君が言っていたことが正しいのならば、あれは■■■■くんということになる。
その昔、小学校の校庭で惨殺死体で発見された■■■■くん。
日本全国にパンザマストが設置されるきっかけを作った■■■■くん。
もし、■■■■くんに捕まったら? そんなの、考えなくてもわかる。全身を切り刻まれるに決まっている。お腹を切り裂かれて中身を全部かき出されるのだ。
自分の死にざまがハッキリと浮かび上がりそうになって――強引にうちはそれを頭の外に追い出していた。
想像したらあかん。悪いことや良くないことは。その想像が生々しければ生々しいほど、それはリアルに近づく。これも経験上、よくわかっていることだ。
と、前方に体育館の出入り口が見えてきた。校舎から繋がる体育館への通路はそこしかない。体育館の裏手には勝手口があるが、そちらに回ろうと思えば一度、校庭を横切らなければならない。
化け物相手に確かなことは言えないが、時間稼ぎぐらいはできるかもしれない。うちはユカリの手をにぎりしめたまま、振り返りもせずに今思いついた作戦とも言えない作戦を伝える。「このまま体育館に飛び込むで! そしたら、すぐに扉を閉める!」
ユカリから返事はない。だけど、うなづく気配は感じた。
うちは走る速度をさらにあげ――、体当たりをぶちかますようにして扉を押し開き、ユカリとともに体育館のなかに雪崩込んでいた。
そして、すぐにたった今、走ってきた方角を振り返る。
うちらから、ほんの数メートル離れたところに■■■■くんはいた。\引き裂かれた腹から飛び出た内臓を廊下に引きずらせて。両手ににぎりしめた血みどろの刃物を振りかざしていた。
自分でも訳の分からないことを叫びながら、うちは飛びつくようにして扉を力一杯閉め、背中をもたれさせるようにして抑え込む。
その扉の向こうで獣じみた、怒りに満ちた唸り声が聞こえた。それから、すごい勢いで幾度となく刃物を突き立てる音。
こんな目に遭っているのに我ながらよく発狂せずにすんでんな、とうちは思う。いや、ひょっとしたら自覚がないだけでうちの頭と心はとっくに壊れているのかもしれないけれど。
不意に扉の外からの圧力が消えた。同時に■■■■くんの気配も。容易には体育館に侵入できないと悟り他の経路を探しに行ったのだろう。
肩で息をつきながら、うちはユカリを見た。ユカリはよくワックスがかけられた体育館の床の上で両手両膝をつき、すすり泣いていた。
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