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第5話、読み終えました……! 右手が透けるところから始まって、もう最初から目が離せなかったです。天国美の「救急車!110!」って焦るところ、可愛いのに切なくて。楓子さんの水晶占いのシーン、すごく迫力があって、割れたときは本当に息を呑みました。そして「誰も君に泣き方や怒り方を教えてくれなかったんだね」って楓子さんが抱きしめる場面、じんわり胸に来ました……。自分を信じる力、これからの主人公の成長が楽しみです。最後の唐揚げの日常の温かさが、余計にこの物語の優しさを引き立ててる気がします。次も絶対読みます!
朝、目が覚める。
夏の湿った空気が肌にまとわりつく中、自分の右手に妙な違和感を覚えて、顔の上に掲げてみた。
……手が、うっすらと透けている。
背後の壁紙の模様が、手の甲越しにぼやけて見えていた。
「うわっ!?」
思わず心臓が跳ね上がり、ばっと跳ね起きる。
「むにゃ……どうしたんですか、ご主人様?」
隣の敷布団から、むくりと天国美(へぶみ)が起き上がる。
私の透けた右手を見せると、天国美は布団から跳び上がった。
「たたた大変です!? 救急車、救急車呼ばないと!? えーと、えーと、1・1・0!!」
「落ち着いて天国美。それ警察だから」
不思議なものだ。自分より派大騒ぎしている奴が目の前にいると、人間はかえって冷静になれるらしい。
私は、慌てふためく天国美の頭を、いつもより感覚の薄い、透けた右手で優しく撫でた。
「午後に楓子さんがウチに来るから、そのとき診てもらうよ。天国美は仕事に行ってきて」
「でも……」
涙目で、心配そうに天国美が私を見つめる。
「へーきへーき。今の右手、逆に超ロックじゃん」
私はこわばる表情筋を無理やり動かして、精一杯の作り笑いを浮かべた。
「……ご主人様は、嘘が下手すぎます。何かあったらすぐ連絡してくださいねっ」
天国美はそう言って、レディースのスーツに着替え、何度も何度も振り返りながら玄関を出て行った。
一人きりになった6畳間のアパートで、私はうっすら透けた右手を天井のLEDライトにかざしてみる。
光が骨の輪郭を通り抜けて、床に淡い影を落としていた。
「……まぁ、元から透明人間みたいなものだし。あんまり変わらないでしょ、ははっ」
そう言って自分を慰めようとするが、喉の奥がカラカラに渇いていく。
タイムリミットまで、あと48日。
目に見える形で、確実に死が迫っている。
「………できることから、やらないと」
天国美と約束したのだから。
私がスマートフォンのLINEを開くと、楓子さんからメッセージが届いていた。
『地獄子ちゃん😊✨
お疲れ様です‼️😆👍
本日🌇夕方頃、お宅🏠にお伺いさせていただきます🎵
水晶🔮も持参いたしますのでご安心ください😊✨
お会いできるのを楽しみにしていますネ‼️🤗🌸
ではまた後ほど〜👋😆』
……。
ひとまず、夕方来る楓子さんに失礼がないよう、散らかった部屋の掃除を始めることにした。
◇
西日がアパートの廊下をオレンジ色に染める頃、ドアチャイムが鳴った。
「すまなかったね、地獄子ちゃん。ちょっと政治家に占いをお願いされたり、アフリカの干ばつが続く地域に雨を降らしたりしてたら、来るのが遅くなってしまった」
そう言って、ストリート系の私服に着替えた楓子さんが玄関前で深く頭を下げた。
「いえ、そんな……」
雨乞い? 楓子さんは私の想像以上に大物なのかもしれない。
私が呆気に取られていると、楓子さんの右肩の辺りで、紫色の煙がぽんっと弾けてコウモリの使い魔が現れた。
「ママは忙しいんだぞ! お前みたいなちんちくりんが相手してもらえるだけ、ありがたいと思え!」
小さな羽をバサバサとせわしなく羽ばたかせながら、コウモリの使い魔が私に悪態をつく。
「こら、小守(こもり)。そんな失礼なこと言っちゃいけないよ」
楓子さんが、右手の人差し指で小守の額をピシッとデコピンした。
「あてっ!?」
小守は目を回しながら、再び小さな煙となって消えてしまった。
「さて、早速だが君の右手を見せてくれないかい?」
楓子さんの鋭い眼光が私を射抜き、私は思わずばっと顔を上げる。
「どうして右手のことを……」
「言ってなかったっけ? 私はほんの少しだけ、占いが得意なのさ」
楓子さんが口元を妖しく釣り上げ、不敵な笑みを浮かべた。
◇
薄暗い部屋に楓子さんを案内する。
クッションにお淑やかに座る楓子さんの隣に、私もペタンと座った。
「それじゃ、手を見せてくれるかい?」
「はい……」
右手を差し出すと、楓子さんは私の手に触れ、じっと見つめた。
きょうふ
115
comi
778
#可愛い
トド村
37
触れ合わされた楓子さんの肌はとてもひんやりとしていて、真夏だというのに氷のようだ。まるで人間じゃないみたい。
「………君の存在自体が、世界の境界線から消え始めているね」
私から手を離し、冷や汗をにじませながら楓子さんが呟いた。
「私は……どうすればいいでしょうか」
「心配しないで。私がなんとかしてみせるよ」
そう言って、楓子さんがずっしりと重そうな、青く澄んだ水晶玉を取り出した。
「この水晶で君の運命の相手を占う。……ちょっとそこでじっとしててね」
「あっ、はい」
私は操り人形のように背筋を伸ばして硬直する。
楓子さんがローテーブルに水晶玉を置き、両手をかざすと、水晶の内側から青白い光がぶわっと溢れ出した。同時に、地鳴りのような細かな振動が部屋を揺らし始める。私は息をすることすら忘れてそれを見つめた。
……しかし、光が収まった水晶に映し出されたのは、マヌケな顔で固まっている現在の私の姿だった。
「あれ?」
私は思わず気の抜けた声を出す。
「………妙だね。すまないが、もう一度やり直させてくれ」
「はい」
再び楓子さんが水晶玉に手をかざす。今度は部屋の空気が一気に冷たくなった。
すると、水晶玉の奥に映る私の姿が、ランドセルを背負った子供の頃の姿に変わっていく。
子供の私の目がみるみる黒い深淵に染まり、ぽろぽろと赤い血の涙を流し始めた。
『みないで。わたしのことなんか、ほっといて』
地獄の底から響くような少女子の声と同時に、――パキンッ!!と凄まじい硬質な音が響いた。
水晶玉のど真ん中に、稲妻のようなひび割れが走る。
「ぐっ!?」
楓子さんが右目を押さえて、後ろへ大きくのけ反った。
指の隙間から、ドクドクと赤い血の涙が滴り落ち、口元からも真っ赤な血が零れ落ちる。
「楓子さん!?」
「………問題ない」
そう言って楓子さんは、どこからともなく怪しい緑色の液体が入った小瓶を取り出し、歯で蓋を引き抜いて一気に喉へ流し込んだ。
ドクン、ドクンと激しい鼓動が部屋に響くほど深く呼吸を整え、楓子さんが私を見据える。
「地獄子ちゃん、私は以前、君のことを黒魔術師の才能があると評価したね?」
「………はい」
「訂正するよ。才能があるどころの話じゃない。君には、私のような叩き上げを遥かに凌ぐ、天然物の恐ろしい力が秘められている」
楓子さんは、これまでにない真剣な、畏怖すら混じった表情でそう言った。
「そんな、私なんかが……」
そう謙遜しようとして、喉がキツく締まる。
じゃあ、楓子さんが傷ついたのは私のせいなのか? 私のせいで、私のせいで、私のせいで、私のせいで――
「落ち着くんだ、地獄子ちゃん。君のせいじゃない」
楓子さんが、ガタガタと震える私の両手を包み込むように強く掴んだ。
「でもっ……」
パニックで上手く酸素が吸い込めない。
「黒魔術の力は、負の感情に由来する。君のその尋常ならざる魔力は、君の持って生まれた素質と――二十四時間三百六十五日、絶え間なく自分を呪い、自己否定を続けたことで蓄積された、どす黒い感情の澱(おり)そのものだ」
「………やっぱり、私なんかいなくなった方がいいんじゃないでしょうか」
天国美とあんなに約束したのに、ドス黒い自己嫌悪の波に呑まれ、弱音が口から溢れ出る。
「本来、負の感情とは涙や怒りで外側に発散されるものなんだ。だけど君は自分の感情をどこにも吐き出さず、心の一番深い場所に鍵をかけて抱え続けた。……誰も、君に泣き方や、怒り方を教えてくれなかったんだね」
楓子さんが、私の小さな身体をそっと優しく抱きしめた。
お香の甘い香りが鼻腔をくすぐる。
どれくらい時間が経っただろう。
胸のバタつきが少しずつ収まり、私はゆっくりと呼吸の仕方を取り戻していった。
「断言するよ。君はいなくならなくていい。」
静かに、だけど揺るぎない確信を込めて、楓子さんは言った。
「……どうして楓子さんは、私なんかのためにそこまでしてくれるんですか?」
私は恐る恐る、抱きしめられたまま楓子さんの顔を見上げる。
「私もね、地獄子ちゃんほどじゃないけれど、世界を呪いたくなるほどの負の感情に潰されそうな時期があったんだ」
楓子さんが遠くを見つめる。
「私は常々思っていたよ。どうして私の好きなものは、時間が経つとぐちゃぐちゃに汚されるんだろうって。大好きで全巻集めた漫画の最終回はネットのアンチコメントで埋め尽くされ、10年待った大好きな映画の続編はびっくりするほどクソだった。こんな世界、滅ぼしてやりたくて、私は黒魔術の門を叩いたんだ」
「くだらない理由だろ?」と、自嘲気味に楓子さんが笑う。
私は、その言葉に、何も言えずにいた。
「でもね、魔術を学ぶうちに気付いたんだ。世の中には私と同じように、傷ついて、負の感情を抱えた人達がたくさん隠れているって。そのことに気付いてからさ。私は、私と同じように暗闇にいる人達を助けたいと思ったんだよ。かつて私が憧れた、漫画の主人公のようにね」
楓子さんが、私の頭にぽんっと手を置く。
その手の温度はやっぱり冷たくて、だけど、そこから伝わるぬくもりは、泣きたくなるほど温かかった。
人にこうして頭を撫でられるのなんて、物心がつく前以来だ。私は急に猛烈な恥ずかしさに襲われ、耳まで熱くなって身動きが取れなくなった。
楓子さんのためにも、そして何より天国美のためにも、私は呪いに勝ちたい。
だけど、私に運命の相手がいるとも、48日で真実の愛を見つけられるとも到底思えない。
それなら――。
「………楓子さん。お願いがあります」
「なんだい?」
「私に、黒魔術を教えてください」
「いいけれど、どうしてだい?」
「私には、人に愛される自信がありません。残り48日で真実の愛を見つけ出すなんて絶対に無理です。だから黒魔術を覚えて、この呪いを力ずくでねじ伏せます。……きっと、誰かに愛してもらうよりも、不老不死になる魔術を編み出す方が、いくらか簡単だと思います」
そんな、陰キャ特有の極端で後ろ向きな決意表明を聞いて、楓子さんはきょとんとした後、部屋中に響くような声で朗らかに笑った。
「何も不老不死にならなくてもいいんじゃないかい?」
「あっ……すいません」
思わず亀のように縮こまる私に、楓子さんは顔を和らげる。
「でも、悪くないと思うよ。君に一番足りないのは『自分を信じる力』だ。黒魔術の修行は、きっと君の自信に繋がる。早速、明日から始めよう。地獄の特訓だよ、覚悟はいいかい?」
「………はいっ!!」
その時、ガチャン!!と玄関の扉が勢いよく開き、天国美が滑り込むように帰ってきた。
時計を見ると、もう夕飯の時間を過ぎている。
「ご主人様!! 大丈夫ですか!? 消えてませんよね!?」
駅から全力疾走してきたのか、スーツはシワまみれで、額は汗でびっしょりだ。
「聞いて、天国美。私、楓子さんに黒魔術を教わることになったよ」
「………何でぇ?」
天国美が、素っ頓狂な声をあげる。
と、その緊張感のない声に合わせるように、天国美のお腹がグゥゥゥーと盛大に鳴り響いた。
「ちょっと待ってて。今から唐揚げ作るから」
私はそう言って、現実的な空気に引き戻されながらキッチンへと向かう。
「唐揚げかぁ、いいねぇ。私もいただいてもいいかな?」
楓子さんがお腹をさすりながら声を弾ませた。
「はい、すぐ作るんで待っててください」
「ご主人様!! 私も手伝います!」
「あんたはシャワー浴びてきて。汗臭いから」
「えー」
「せっかくだし、私も一緒にシャワー借りるよ」
「いいですねぇ!! ……ってか楓子さん、なんで目ぇ赤いんですか?」
天国美が、赤く腫れた楓子さんの顔を無邪気に覗き込む。
「ああ~……花粉症だよ」
「もう8月なのに?」
納得のいかない顔をしながらも、二人はバスタオルを抱えて狭いシャワー室へと消えていった。
すぐに水の音が響き始め、天国美が今日店で遭遇したというクレーマーと転売ヤーへの怒りを全力でぶちまけている声が聞こえてくる。
私はその騒がしい日常のBGMを背中で聴きながら、じわっと揚がっていく唐揚げを静かにひっくり返した。
タイムリミットまで、あと48日。