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相談室のドアは、今日はきちんとノックされた。
「……いる?」
「いるよ」
声だけ返すと、ドアが開く。
顔見知り。気まずさはないが、元気でもない。
「座る?」
「もう座ってる」
「確かに」
そんなやりとりのあと、少し沈黙が落ちた。
「……さ」
その沈黙を破ったのは相談者だった。
「最近、何しても自己嫌悪なんだけど」
「何した?」
「別に大きなことはない。
言い方ミスったとか、空気読めなかったかもとか、
あとで頭の中で一人反省会始まるやつ」
「あー」
蓮司は短く声を出しただけで、続きを促さない。
「しかも、反省してるっていうより、
だんだん“自分ってダメだな”に変わってく感じ」
「反省じゃなくて人格否定になってるな」
「そう。それ」
相談者は机の角を見つめてる。
「直そうとはしてるんだよ。
でも直す前にさ、
もう“俺が悪い”で終わらせたほうが早くて」
「楽だからな」
「……楽だし、慣れてる」
蓮司は椅子に深く座り直した。
「自己嫌悪って、
ちゃんとしてる感あるから厄介なんだよ」
「ちゃんとしてる?」
「反省してます、成長したいです、って顔してる」
指で机を軽く叩く。
「でも中身はだいたい、
“殴ったあと殴り足りなくて追い打ち”」
相談者は小さく笑った。
「言い方ひどいな」
「構造の話」
淡々と続ける。
「ミスを振り返るのと、
自分を無価値扱いするのは別物だ」
「でも分けられない」
「最初は無理」
「じゃあどうすんの」
「回数減らす」
「解決策それ?」
「一気にやろうとするから失敗する」
蓮司は少し考えてから言った。
「反省は“次どうするか”で終わる。
それ以上続いたら、もう作業じゃなくて自傷だ」
相談者は目を伏せた。
「……たしかに、
何時間も考えて、結論“自分最悪”しか出てない」
「時間の無駄とは言わない」
「言いたそうだけど」
「言わない」
蓮司は肩をすくめる。
「たださ。
自己嫌悪し続けてると、“本当に直す気”なくなるぞ」
「え」
「“どうせ俺はこう”って便利だから」
少し間を置く。
「変わるより、
自分を責めて終わらせるほうが楽になる瞬間が来る」
相談者は息をのんだ。
「……それ、もう片足突っ込んでるかも」
「気づいてるなら、まだ戻れる」
「優しいな、今日」
「評価は受け付けてない」
軽く言い切る。
「自己嫌悪してる間は、
動いてる気になるけど止まってる」
「じゃあ何すりゃいい」
「反省は短く。
人格の話に入ったら、切る」
「難易度高い」
「最初は下手でいい」
蓮司は椅子から立ち上がり、窓の外を見る。
「直したい気持ちがあるなら、
もう十分人間だ」
相談者はしばらく考えてから、立ち上がった。
「……次来るとき、
まだ自己嫌悪してたらどうする?」
「そのときは“今何回目か”数えさせる」
「鬼かよ」
「飄々としてるだけ」
少しだけ空気が緩む。
相談者はドアに手をかけて、振り返った。
「……まぁ、殴りすぎないようにはする」
「それでいい」
相談室には、また静かな時間が戻った。