テラーノベル
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遥は、視線を落としたまま黙っていた。
空は青すぎて、逃げ場がなかった。
風の音がやけに大きく感じた。
日下部の影が、一定の距離を保ってそこにあるのがわかる。
(……来んなって、言ったのに)
(やっぱり来んのかよ)
「……罪滅ぼしなら、いらねぇんだよ」
口をついて出た言葉は、感情よりも先に落ちた。
後悔も自嘲も飲み込む前に。
「どうせ“俺のこと壊したから”って、……そう思ってんだろ?」
日下部は何も言わなかった。
遥は、少しだけ笑った。
その笑みは、乾いていた。
(なら、壊し続けりゃよかったじゃん)
(……なんで今さら優しくすんだよ)
言葉にしないまま、心のなかで唸るように吐き捨てる。
なのに、ほんの一瞬、日下部の気配に安堵しそうになる自分がいて──そのたびに、遥は自分を殴りたくなった。
(こんなの……気持ち悪い)
(あいつの優しさに、すがりたくなるとか)
(あいつに、……抱かれたいとか)
その思考が浮かびかけた瞬間、遥は自分の胸の奥が裂けそうになった。
(言えるわけねぇだろ)
(そんなこと、口に出した瞬間──“俺の中のあいつ”が終わんだよ)
いまはまだ、あいつを“綺麗”なままで見ていられる。
罪滅ぼしだと思って、心のバランスをとれている。
でも──
(俺の汚さを晒した瞬間、あいつが俺を見なくなる未来しか、想像できない)
(だから……言わない)
(絶対に言わない)
「……おまえ、いつまで“いい人”ぶってんだよ」
そう吐き捨てた声は、自分でも驚くほど低かった。
日下部はそれでも、ただ一歩、風の中で立っていた。
言葉ではなく、存在で──遥に答えていた。
遥は、息を詰めた。
(壊れたいって、思ってんのは──たぶん、俺の方なのに)
その真実を、誰にも見つけられないように、
遥はそっと、目を伏せた。
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