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翌朝、雨上がりの朝風通りは、石畳の継ぎ目ごとに水を細く残していた。保管庫の裏手で見つけた杭のことが気になって、ハヤは開店前から落ち着かなかった。
結局、店の準備をエフチキアに任せ、朝一番で鍵屋兼修理屋の店へ向かう。
マクスミリンの店は、表から見ると相変わらず何を扱っているのか分かりにくい。合鍵の見本、古いラジオ、蝶番、工具箱、時計の部品らしきものが窓の内側に並び、どれも必要な人にはたまらなく必要そうな顔をしている。
引き戸を開けると、金属と油の匂いがした。
「朝から珍しい」
奥で小さなやすりを使っていたマクスミリンが顔を上げる。
「壊した?」
「壊してません」
「なら誰かが壊したのを持ってきた?」
「それでもありません」
ハヤはポケットからM-27の鍵を出し、保管庫裏で見つけた杭の話をした。マクスミリンは最後まで相槌もほとんど打たず、鍵だけを受け取って窓際へ持って行く。
朝の光に透かすようにして、摩耗の線をじっと見る。次に、ルーペを片目へ当て、鍵の肩の部分に刻まれた数字を爪先でなぞる。
「前にも言ったが、この削れ方は保管庫だけじゃない」
「やっぱり、別の場所でも使われていたんですか」
「保管庫の錠前は開閉回数が少ない。傷が深すぎる」
彼は工具箱から古びた台帳を出した。紙が茶色く変わった、町内設備の鍵番号控えだった。
「M系統は昔、祭り関係の保管設備と、山の中腹の旧放送小屋で共通規格を使っていた」
「旧放送小屋」
ハヤの背筋がわずかに伸びる。
マクスミリンは台帳を回して見せた。守森神社裏の保管庫、野外ステージ脇の機材倉、そして山道の途中にある旧放送小屋。どれも、同じ系統番号で管理されていたらしい。
「でも、放送小屋は事故のあと閉鎖されたんですよね」
「そうだ。だから、今さら開く理由は普通ない」
「普通じゃないから鍵が出てきた、ってことですか」
マクスミリンはすぐには答えず、今度は鍵の根元に残る細かい土を針先で払った。
「この土も気になる」
「土?」
「保管庫の前は砂利だ。神社の石段も石粉が多い。だが、これは湿った山土が乾いたあとだ」
ハヤは思わず鍵へ身を寄せた。
「つまり」
「この鍵は、拾われる前に山側へ行っている」
店の中が静かになる。外を通る軽トラックの音だけが、少し遅れて聞こえた。
マクスミリンは台帳を閉じた。
「旧放送小屋を開けるなら、覚悟がいる」
「覚悟」
「二十年前の事故の場所だから、という意味だけじゃない」
彼は店の奥から、錆びた南京錠を一つ持ってきて、カウンターへ置いた。
「閉じてある場所は、たいてい閉じる理由が積もっている。開けると、物だけじゃなく、理由まで出てくる」
ハヤは鍵を受け取った。掌の中で、その冷たさが少し前と違って感じる。ただの拾い物では、もうない。
「保管庫の裏にあった杭、今度見に行きますか」
そう言うと、マクスミリンは眉をひそめる。
「“今度”は、たぶん向こうから先に来る」
「どういう意味ですか」
マクスミリンは窓の外を顎で示した。
坂の下から、ノイシュタットが大きく手を振りながら走ってくるところだった。片手に紙束を抱え、もう片手でバランスを取り、どう見ても急ぎの顔をしている。
「嫌な予感しかしませんね」
ハヤが言うと、マクスミリンは珍しく口の端だけで笑った。
「その感覚は信用していい」
数秒後、引き戸が勢いよく開いた。
「大変だ!」
ノイシュタットが息を切らす。
「昨夜の告白実況中継、妙な形で大当たりした!」
「妙な形をまず反省してください」
「反省は後だ。今、花屋に仲直り用の鉢物注文が八件入ってる」
八件。
ハヤは目を瞬いた。笑い話の余波としては多すぎる。
ノイシュタットは紙束を広げる。
「しかも、うち三件は“昨日の舞台の裏にあった古い杭も見たい”と言ってる。地方紙の記者が保管庫裏の写真を撮って記事にするかもしれない」
祭りの騒ぎと、鍵の痕跡と、旧放送小屋。
ばらばらだった線が、急に同じ方向へ引かれ始めた。
ハヤはM-27を握り直した。
次に開くのは、保管庫では済まないかもしれない。