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母は、
午後十時四十分に死んだことになっていた。
でも、
その三十二分後。
午後十一時十二分。
柿崎先生と電話で話している。
午後十一時三十五分。
救急隊が、
母の脈を確認している。
午後十一時三十九分。
心拍あり。
そして、
午後十一時四十分。
まだ、
生きていた。
死亡診断書の時刻から、
ちょうど一時間。
「母は死んだあと、一時間生きてた」
私が言うと、
真壁刑事は首を振った。
「正確には」
「分かってます」
私は遮った。
本当は、
死んでなんかいない。
誰かが先に、
母を死者にした。
「この一時間に意味があります」
私は言った。
「午後十時四十分から十一時四十分」
何度も出てくる、
午後十一時四十分。
死亡通知では、
死の時刻。
でも父は言った。
あれは、
結果を確認する期限なのだと。
「犯人は母を十時四十分に死亡扱いにした」
私は続ける。
「そして十一時四十分まで、母を生かしておいた」
「意図的だと?」
真壁が訊く。
「偶然にしては出来すぎてます」
柿崎先生が、
ベッドの上で小さく言った。
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「私もそう思います」
全員が先生を見る。
「どうして?」
「千佳さんは、電話で時間を気にしていた」
――十一時四十分までに見つけて。
「何を見つけろと言ったのか」
柿崎先生は言う。
「ずっと考えていました」
「本当の何か」
電話では、
そこで音が途切れた。
本当の――
その続き。
死亡診断書?
死亡通知?
犯人?
「先生」
私は訊いた。
「母はそのとき、自分が助かると思ってたんですか」
柿崎先生は少し考えた。
「はい」
「どうして分かるんです」
「声です」
「声?」
「怯えてはいました。でも」
先生は録音を思い出すように言った。
「死を受け入れた人の声ではなかった」
母は、
生きるつもりだった。
そのあと警察へ行くつもりだった。
私に電話するつもりだった。
謝るつもりだった。
だからこそ、
私は知りたい。
午後十時四十分から、
午後十一時四十分まで。
母が何をしていたのか。
*
救急搬送記録を、
最初から確認した。
午後十一時三十四分。
救急隊、
母の家に到着。
その前。
母は一人だったのか。
「通報したのは誰ですか」
真壁が資料を見る。
「匿名です」
「電話?」
「はい」
「録音は?」
「残っています」
再生する。
男の声だった。
『人が倒れています』
落ち着いている。
『場所は?』
住所。
母の家。
『ご家族ですか』
『違います』
『お名前を』
そこで電話は切れている。
「この人が母を見つけた?」
「少なくとも通報者です」
「声を変えてる?」
真壁が言う。
「可能性はあります」
私は何度か聞いた。
知らない男。
そう思う。
でも、
妙に気になる。
どこかで、
聞いたことがあるような。
「通報時刻は?」
「午後十一時二十八分」
母が柿崎先生と話した、
十四分後。
「この十四分で誰かが家に来た?」
「あるいは、最初からいた」
背中が冷える。
母は電話で言った。
――来たら駄目。
誰かが、
家にいたから?
「玄関の鍵は?」
「救急隊到着時には開いていました」
「壊された形跡は?」
「ありません」
母が開けた。
あるいは、
合鍵を持つ人物。
「母の家の鍵を持ってた人って」
私は父を見る。
「父さん?」
「十二年前の鍵なら」
「今も使えた?」
「分からない」
「榊原さん」
「持ってない」
「由紀子さん」
真壁が確認する。
「本人は否定しています」
「柿崎先生?」
「持っていません」
誰かが嘘をついている可能性もある。
でも、
今は分からない。
「搬送までの六分」
私は時系列を見る。
十一時二十八分。
通報。
十一時三十四分。
救急隊到着。
その六分間。
通報した男は、
母の家から消えている。
「防犯カメラは?」
「近隣のものを再確認中です」
真壁が言う。
そのとき、
一件の映像が届いた。
母の家から二軒先。
住宅の防犯カメラ。
午後十一時二十九分。
画面の端に、
男が映っている。
帽子。
マスク。
黒い上着。
母の家の方向から歩いてくる。
「この人」
顔は分からない。
でも、
右手に何か持っている。
白い封筒。
拡大。
黒い縁。
死亡通知。
「持ち出した?」
私は言った。
男は母の家から、
何かを持って出ている。
午後十一時三十分。
角を曲がり、
映像から消える。
「追えますか」
「別カメラを確認します」
数分後。
男は、
大通りへ出ていた。
徒歩。
その先。
市役所方面。
嫌な予感がした。
「まさか」
私は呟いた。
真壁も同じことを考えたらしい。
「水城さん」
「はい」
「お母さんの死亡届が、いつ提出されたか分かりますか」
私は即答できなかった。
母の死後。
葬儀。
手続き。
当時は、
細かい時刻まで見なかった。
「調べます」
*
市役所。
戸籍課。
母の死亡に関する記録を、
正式な手続きを踏んで確認する。
届出年月日。
母が死んだ日。
「当日?」
私は眉を寄せた。
通常、
死亡届は死亡後に出す。
当たり前だ。
でも母の本当の死亡確認は、
午前零時三十七分。
日付は翌日になる。
それなのに。
死亡届の受付日は、
前日。
つまり、
母がまだ生きていた日。
「受付時刻」
私は見る。
午後十一時四十分。
息が止まった。
「やっぱり」
死亡診断書の死亡時刻。
午後十時四十分。
そこから、
ちょうど一時間後。
午後十一時四十分。
母の死亡届は、
受け付けられている。
でもその時刻。
救急搬送記録では、
母にはまだ心拍があった。
「生きてる人間の死亡届が」
私は言った。
「出されてた」
佐伯課長が、
隣で画面を見ている。
「夜間窓口だ」
「誰が受け取ったんです」
「当直記録を調べる」
書面は保管されていた。
古いものではない。
つい先日の届書。
真壁立ち会いで、
原本を確認する。
死亡者。
水城千佳。
死亡時刻。
午後十時四十分。
届出人。
私はそこを見る。
空欄ではなかった。
「名前があります」
真壁が覗く。
男の名前。
でも、
私はまだ知らない。
少なくとも、
名前だけでは。
続柄。
知人。
「母の知人?」
住所も書かれている。
市内。
「死亡診断書は?」
添付されている。
柿崎修一。
偽造された署名。
すべて、
最初から用意されていた。
そして受付印。
午後十一時四十分。
「つまり」
真壁が言った。
「この男は、水城千佳さんがまだ生きている間に、死亡届を提出している」
私は届書を見る。
母を殺した人間かもしれない。
あるいは、
母が死ぬことを事前に知っていた人間。
「防犯カメラ」
私は言った。
「夜間窓口にありますよね」
確認する。
映像。
午後十一時三十七分。
一人の男が、
市役所へ入る。
帽子。
マスク。
母の家から出た男と、
服装が一致する。
十一時三十九分。
夜間窓口。
封筒を差し出す。
十一時四十分。
受付。
男が時計を見る。
そして、
立ち去る。
「顔は?」
出口のところ。
男が一度だけ、
マスクを外した。
映像を止める。
横顔。
五十代から六十代。
私は知らない。
そう思った。
でも、
佐伯課長の呼吸が止まった。
「課長?」
返事がない。
画面の男を見ている。
「知ってるんですか」
佐伯の顔から、
血の気が消えていく。
「知ってる」
「誰です」
「十五年前にもいた」
「何に?」
「千佳さんの死亡通知事件に」
私は画面を見る。
男。
母が生きているうちに、
母の死亡届を出した人間。
佐伯が呟いた。
「六人目だ」
「六人目?」
「ああ」
母の人生を壊し、
母に人生を壊された七人。
その一人。
そして、
母を死者として届け出た男。
私はもう一度、
画面を見る。
母は、
死んだあと一時間、
生きていたのではない。
逆だった。
誰かが母を一時間早く死なせ、
その一時間を使って、
母を社会の中から消した。
そして午後十一時四十分。
母がまだ救急車の中で生きているその瞬間、
男は市役所で、
母の死亡届を提出していた。
コメント
1件
うわ…44話、めっちゃ重たい回だったね。タイトルからしてゾッとするけど、読んだらさらに深いとこ突かれたわ。 「生きてる人間の死亡届が出されてた」って台詞、背筋が冷えた。母がまだ生きてる間に、誰かが市役所で手続き済ませてるって、時系列の悪意がヤバすぎる。しかも「六人目」って佐伯課長の言葉で、過去編と繋がった感じがした。この物語、単なる事件解明じゃなくて、もっと根深い因縁が潜んでるんだなって思った。 柿崎先生の「死を受け入れた人の声ではなかった」ってのが、逆に母の無念を強く感じさせてグッときた。続きが気になる…!