テラーノベル
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朝。遥が教室に入った瞬間、空気の粘度が変わっていた。
昨日まではまだ、“噂”の範疇だった。
あくまで戯れに、「本当に付き合ってるの?」「うそでしょ?」という距離感。
だが今朝は、完全に“敵意”が温まっていた。
「──おはよう、“彼氏さん”」
皮肉めいた声。
背後からの突き飛ばすような勢いでの挨拶。
「あんたみたいなのが蓮司の“彼女面”とか、ウケるんだけど」
女子の一人が、遥の机に鞄を“偶然”ぶつける。
音が響くが、教師は見ていない。
「てか、見たよ。昨日。あの距離感」
「え? どこで?」
「駅前。腕、触ってたし」
「マジ? 気持ち悪……え、あんなのが……」
女子たちの笑いは、もはや“異物への嫌悪”ではなく、
“自分たちの支配の範囲から外れたことへの焦燥”が混ざっていた。
──あたしたちが選ばれなかった。
──なのに、よりによって、こいつ。
その不条理を解消する手段は、ただひとつ。
遥を“汚す”こと。
「──ちょっと」
誰かが遥の腕を掴む。
教室の片隅に連れ込まれる。
「さぁ、ちょっと“証明”してみてよ」
「なにを?」
「“おまえが、蓮司のモノじゃない”ってこと」
目の前で、誰かがカッターを取り出した。
刃は出ていないが、それを“出す”素振りを見せながら、笑っている。
「ねぇ、あいつってさ、こういう“スリル”が好きなんじゃない?
ほら、女の子と違って、男同士だから……痛い方が好きなんでしょ?」
教室の中央では、何も知らないふりをしている他の生徒たちが
“傍観者”という名の共犯で空気を維持している。
遥は、静かに笑った。
「……それ、嫉妬?」
瞬間、女子の一人が顔を歪め、遥の頬を平手で叩いた。
パチン、と乾いた音が教室に響く。
「いい気になるな。おまえなんか、誰にも“本気”で選ばれるわけない」
「──選ばれたいなんて、言ったっけ」
そう返した遥の声は、ひどく冷たかった。
だが、指先はわずかに震えていた。
この空気の中、蓮司は今日も姿を見せない。
それが、女子たちの“暴走”に火を注ぐ。
「……ねぇ、今日、蓮司くるのかな」
「来たらさ、ちょっと、“見せて”あげようよ。
この“彼氏”、どうされてるか──」
──この空気の全部が、蓮司の仕掛けた“舞台”だった。
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