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相談室の窓は半分だけ開いていて、風が入るたび、カーテンの裾が揺れた。
蓮司は椅子に深く腰掛け、スマホを机に伏せて置いた。
ノックは弱く、一拍遅れてドアが開く。
「……失礼します」
「どーぞ」
入ってきたのは背の高い生徒だった。姿勢は悪くないのに、どこか所在が定まらない。
椅子の前で一瞬迷ってから、腰を下ろす。
「で?」
短く、それだけ。
「……何て言えばいいかわかんないんだけど」
「そのままで」
促しもしない声。
「やりたいこと、別にないわけじゃない。でも……決めらんない」
生徒は指を組んだり離したりしながら話す。
「選ぶとさ、他を全部捨てる気がして。
間違えたら取り返しつかないって思って」
少し笑う。
「でも何も選ばないでいると、
周りだけどんどん先行ってさ。
気づいたら、置いてかれてる感じになる」
蓮司は窓の外に視線を向けたまま聞いていた。
「どっちも嫌で。
決めないまま時間だけ過ぎてくのが、
たぶん一番楽なはずなのに……一番しんどい」
「うん」
肯定でも同意でもない返事。
「“決められない”って、逃げに見えるかもしれないけど」
生徒は少し声を落とす。
「本当は、ちゃんと考えてるんだよ。考えすぎてるくらい」
蓮司はようやくこちらを見た。
「それ、真面目すぎるパターンだな」
「……馬鹿にしてる?」
「してない。褒めてもない」
軽く笑う。
「選択ってさ、
正解を選ぶ行為じゃなくて、
“これでいくって腹くくる”作業だから」
生徒は眉をひそめる。
「でも、外れたら……」
「外れる」
即答だった。
「たいてい」
間を置かず続ける。
「想像してる“完璧な選択”は、
だいたい存在しない」
生徒は押し黙った。
「今決められないってことは、
まだ賭けるほどの気持ちが育ってないだけだ」
「……それでも、時間は待ってくれない」
「待たないな」
あっさり。
「だからって、
焦って決めたほうがマシとも限らない」
蓮司は机に背を預ける。
「決められない時期って、
何もしない時間じゃなくて、
“溜めてる時間”だから」
「溜めてる?」
「違和感とか、嫌だったこととか、
これだけは違うなって感覚」
肩をすくめる。
「それ集め切ってないと、
決めたあとで必ず迷う」
生徒は視線を落とした。
「……じゃあ俺、今は」
「立ち止まってるように見えて、
下地作ってる途中」
言い切りでも、慰めでもない。
「急ぐ必要はないけど、
“止まってる自分を殴る必要”はもっとない」
しばらく沈黙が落ちる。
「……決められない自分、嫌いなんだよ」
「そうか」
「優柔不断でさ」
「慎重とも言う」
飄々とした声。
「どっちの名前で呼ぶかは、
今は決めなくていい」
生徒は小さく息を吐いた。
「……なんか、まだ何も変わってないけど」
「それでいい」
蓮司は椅子を回して立ち上がる。
「変わる前触れって、
だいたい“何も起きてない感じ”だから」
ドアが閉まる音がして、相談室にはまた風だけが残った。