やがて二人の乗った車は富津岬へ到着した。
夏休みも終わりに近づき、平日の夜にこの場所を訪れる人はまばらで駐車場にはほとんど車がない。
車を降りると、潮の香りと湿った生暖かい海風を感じた。
省吾が手を差し出したので、奈緒はその手を握る。
そして二人は手を繋いで歩き始めた。
「展望台はあっち?」
「うん。砂浜にも降りれるわ」
「じゃあ先に展望台へ行ってみようか?」
二人は真っ直ぐに展望台へ向かった。
展望台は、まるで巨大なオブジェのような造りだった。
奈緒の話によれば、展望台は「五葉松」をイメージしている。
階段を上がる度にキャンバスのような平面がいくつも現れ、どの場所からも景色を眺める事が出来た。
展望台の前に着くと、二人は階段を上り始める。
途中まで上ったところで省吾が言った。
「結構きついな。最近ジムをサボってるからか?」
その言葉に奈緒がクスッと笑ってからわざと大袈裟に言う。
「まあ大変! だったら来週からはCEOの健康チェックを少し厳しくしないと!」
「言ったなぁ」
省吾は笑いながら奈緒の頬をツンと突く。
そして二人は息を荒げながら、なんとか展望台の一番上まで辿り着いた。
「おっ、凄い! 横浜の夜景が見える。結構近くに感じるなぁ」
「その左の方は横須賀よね?」
「うん。俺は今日あの横須賀からフェリーで来たんだよ」
「そうなの? いいなぁ、船の旅楽しそう」
「じゃあ帰りはフェリーで帰る?」
「いいの?」
「もちろん! 俺は奈緒が喜ぶ事ならなんでもしたいんだ」
省吾は微笑んで言った。
「フフッ、なんか私甘やかされ過ぎじゃない?」」
「いいんだよ。これからはもっともっと甘々一直線だからな、覚悟しておけよ」
「それは大変っ!」
省吾が発する甘い言葉は、たちまち奈緒に幸せの魔法をかけてしまう。
「ねぇ、上も見て」
奈緒にそう言われた省吾は上を向いた。
「うぉっ! ヤバいな……本当に満天の星空じゃないか」
二人が見上げた夜空には、無数の星が輝いていた。
よく見るとうっすらと天の川も観える。
「凄いな、千葉から天の川も観えるのか」
「うん。冬はもっと濃く見えるの」
「東京からほんの少ししか離れていないのにね……いや、絶景だな」
「でしょう? これだけは自慢なの」
省吾が感動してくれたので、奈緒は満足そうに微笑む。
その時、二人が見上げていた方向で何かが光った。
「あっ、流れ星! 見た?」
「見た。マジで流れ星まで見えるのか……」
省吾は更に感動している。
「あっという間に流れちゃったから、お願い事をする暇もなかったわ」
「本当だな。で、奈緒は何をお願いしたかったの?」
その時奈緒は心の中で呟く。
(今隣にいる素敵な人と、いつまでもずっと一緒にいられますように)
それからこう返事をした。
「願い事は人に言ったら叶わないのよ」
「そっかー、なら仕方がないなぁ」
そして二人は無言のまま天然のプラネタリウムをしばし楽しむ。
しばらくすると、突然省吾が叫んだ。
「奈緒! 俺、落ちて来た星を拾ったぞ!」
聞き覚えのあるセリフを聞いた奈緒は、一瞬ポカンとする。
しかし今省吾が言った言葉はあの映画の中のセリフだという事に気づいた。
「フフッ、もしかしてあの映画を観たの?」
「映画? なんの話? それよりも奈緒、マジだって! この手の中に本当にあるんだよ」
その時奈緒は省吾の考えている事に気が付いた。
省吾は映画と同じセリフを言って映画のシーンを再現し、奈緒を喜ばせようとしているのだ。
その思いが嬉しかった奈緒は、折角だから省吾に付き合ってあげる事にした。
「嘘っ! また何か悪戯をしようと思っているんでしょう?」
「本当だって、奈緒本当だよ」
「じゃあさ、その手を開いてみてよ」
「いいのか? 星が逃げちゃうかもしれないぞ?」
「逃げる訳ないじゃん、虫じゃないんだから」
ノリノリでセリフを言う自分の事が可笑しくて、奈緒はつい笑ってしまったがなんとか続ける。
「じゃあね、せーのーで開けてみてよ。いくよ? せーのー…….」
奈緒の掛け声に合わせて省吾が両手を開くと、中にキラッと光る何かが見えた。
「星?」
そこにあったのは美しいダイヤモンドの指輪だった。
びっくりした奈緒は無言でその指輪を見つめる。
省吾の手のひらの上には、キラキラと輝く美しいダイヤモンドの指輪があった。
「…………」
思わず奈緒は言葉を失う。
「……これって?」
「星を拾ったって言ったろう? 奈緒の星だよ」
省吾は優しい声で囁く。
まだ状況がよく理解出来ていない奈緒は、上手く言葉が出ない。
しかしその視線は美しいダイヤに奪われたままだ。
省吾の手のひらで輝くリングは、奈緒が好きなゴールドで出来ていた。
そのゴールドの土台の上に輝くダイヤは、奈緒がこれまで見た事もないほどの大きさだった。
まさに本物の星と見間違えてしまうほど、美しい輝きを放っている。
「……いつ用意したの?」
「ここへ来る前に姉貴の店に寄った。もしこれが気に入らなければ、違うやつをまた買いに行こう」
その言葉に、奈緒は慌てて顔を左右にブンブンと振った。
「気に入らないわけないじゃない。こんな素敵な指輪は見た事がないわ」
その瞬間、奈緒の頬に涙が伝った。
それに気づいた省吾は、その涙を指で優しく拭う。
「奈緒、左手を貸して」
「…………」
奈緒はおずおずと左手を差し出す。
すると省吾が薬指にダイヤモンドリングをはめてくれた。
ダイヤのリングは奈緒が既に着けていたルビーのリングに重なるように落ち着くと、互いの光に共鳴し合うようにキラキラと輝きを増す。とても強い光だ。
あの日海に指輪を探しに行った奈緒は、省吾と出逢った。そして今その省吾からこの指輪を贈られた。
左手の薬指にずしりと感じるこの重みは、省吾の奈緒への愛の証しだ。
この重みは、奈緒のこれまでの辛い記憶を全て消し去ってくれるほどの威力がある。
「奈緒、俺と結婚しろ!」
省吾がいつもと違う口調で言ったので、奈緒は思わずクスクスと笑う。
「プロポーズまで映画と一緒なの?」
「駄目?」
「なんか深山さんっぽくない」
「残念! じゃあやり直しだな」
そこで省吾は一度咳ばらいをすると、改めて言った。
「奈緒! 奈緒は俺と結婚しないと駄目なんだよ」
「?」
想像もしない言葉が飛んで来たので、奈緒は不思議に思って聞いてみる。
「どうして駄目なの?」
「それはね、奈緒がいないと俺が駄目になっちゃうからなんだ」
省吾は迷いのない真っ直ぐな瞳で奈緒を見つめると、突然を奈緒を抱き上げてからクルクルと回り始めた。
「キャッ」
びっくりした奈緒が、思わず声を上げた。
「ハハハッ、奈緒、俺と結婚するか? YESって言うまで降ろさないからな」
省吾はそう言ってさらにスピードを上げた。
「キャーッ! 下ろしてっ! 目が回っちゃうわ……ねぇ、下ろしてったらぁ……」
「じゃあYESって言ってくれよ、奈緒」
「キャーッ、イッ、イエスッ、もちろんYESよっ!」
そこで省吾は漸く立ち止まると、奈緒をギュッと抱き締めた。
そしてまだ少し息の荒い省吾の唇が奈緒の唇に重なる。
二人が抱き合う姿は、夜空の星々に明るく照らされていた。
まるで二人の事を祝福するかのように、星達は精一杯の輝きを放ちながら宝石のようにキラキラと輝き続けていた。
コメント
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過去の恋を海に捨て去ると同時に、海で生まれた新しい恋....🌊❄️ そして、 星が綺麗な 夜の海での感動的なプロポーズ....✨💍💝✨🌌🌊 省吾さん、奈緒ちゃん、 おめでとうございます💐🎉✨
素敵✨おめでとう😍💕💕
健吾→省吾へプロポーズの伝授🤭 瑠璃マリ先生の描く男性って素敵ですよね~😍