テラーノベル
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冷気は止まらなかった。
むしろ強くなっていた。
床の霜が厚くなる。
壁が白くなる。
吐く息がすぐに消える。
レオルの足が滑る。
体勢を立て直す。
「……くそ」
剣を握る手が白くなっていた。
ミナが言った。
「詠唱が……」
言葉が遅かった。
唇が動きにくくなっていた。
フィルの祈りも震えていた。
「祝福を……祝福を……」
氷王が静かに言った。
「終わりだ」
手が下りる。
その瞬間だった。
冷気が一段階強くなった。
空気が刺すように冷えた。
レオルの動きが止まる。
ミナの声が止まる。
フィルの祈りが止まりそうになる。
陽和は立っていた。
寒かった。
今までで一番寒かった。
さすがに無理だと思った。
だが。
完全ではなかった。
少しだけ違った。
ほんの少しだけ。
暖かかった。
陽和は言った。
「……まだ」
声が白くなった。
レオルが振り向く。
「勇者様」
陽和は言った。
「ここなら」
自分の足元を見る。
「動けます」
レオルが一歩戻る。
止まる。
息が整う。
指が動く。
剣が握れる。
ミナも戻る。
肩の震えが止まる。
「……詠唱できる」
フィルが戻る。
祈りの声が安定する。
「祝福が強くなっています!」
陽和は分からなかった。
だが確かに。
三メートル。
その範囲だけ。
寒さが違った。
ぬるかった。
ほんの少しだけ。
氷王が言った。
「強まったか」
興味深そうだった。
「だが小さい」
その通りだった。
広くはない。
ほんの少しだった。
だが。
そこだけは戦えた。
レオルが言った。
「行きます」
踏み出す。
戻る。
また踏み出す。
また戻る。
三メートル。
そこが拠点だった。
ミナの火球が飛ぶ。
今度は消えない。
当たる。
氷王の衣が焦げる。
フィルの祈りが続く。
傷が閉じる。
呼吸が戻る。
氷王が言った。
「面白い」
冷気を放つ。
強かった。
だが。
三メートルだけ。
残った。
ぬるかった。
ほんの少しだけ。
レオルが言った。
「……いける」
最後の一歩を踏み出す。
剣が振られる。
氷王が受ける。
金属音が響く。
ミナが言った。
「今!」
火球が飛ぶ。
当たる。
氷王の動きが止まる。
レオルが踏み込む。
剣が胸に入る。
静かだった。
冷気が止まる。
霧が薄くなる。
氷王が言った。
「……ぬるいな」
陽和を見た。
少しだけ笑った。
崩れ落ちた。
静かになった。
フィルが言った。
「勝ちました……」
ミナが座り込む。
「疲れた……」
レオルが剣を収める。
それから言った。
「勇者様」
陽和は言った。
「はい」
レオルは言った。
「奇跡でした」
陽和は言った。
「ぬるかったですけど」
レオルはうなずいた。
「それで十分です」
三メートルの空間はまだ残っていた。
寒さの中に。
ほんの少しだけ。
体感ぬるめの奇跡が残っていた。
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