___二年前
「ねぇ…ちょっとくらいホテルに寄りましょうよ」
「駄目だよ、今日は」
「どうして? せっかく軽井沢まで来たのよぉ、ドライブだけで終わるなんて酷くない?」
「息子がいるから今日は駄目だ」
「あら、だってまだ三歳でしょう? 寝かしつけちゃえば大丈夫じゃない?」
「それは無理だ。東京に戻ったらちゃんと可愛がってやるから」
「んもうっ、仕方ないわねぇ」
「…………」
「おいっやめろよっ、運転中だぞ」
「少しくらいいいじゃない。ちゃんと触ってあげないと、私の事を忘れたら困るでしょう? フフッ」
「アッ、ハァッ……ダメだ、やめるんだ……」
「パーパ! パーパ! ママは? マーマは?」
「理人、ママは夕方までお出かけだよ。ほらやめないか。息子が見ているから」
「フンッ、後ろの席からは見えないわ。ねーえ、さっさと離婚しちゃいなさいよ、あんな女とは」
「そうはいかないさ、子供の母親なんだ」
「私も子供好きよ。なんなら私が育ててあげる」
「そんなに簡単にはいかないさ」
「もうっ! いっつも誤魔化してばかっり。私の事ちゃんと考えてる?」
「ああ、考えてるさ」
「だったらキスして」
「今は無理だ」
「しないとまた触るわよ」
「しょうがないなぁ……チュッ」
「パーパ?」
「り、理人、もうすぐ着くからちゃんと座っていなさい」
「駄目っ、もう一回キスして!」
「もういいだろう?」
「駄目よ……クチュッ…チュッ」
ファンファーーーン ファー―ーンッ
「あっっ……」
「キャーーーーッ」
キキキキ――――――ドスンッ ガガガガーーーーギギギギーーーーーーーッ ガシャンッ
ピーポー ピーポー ピーポー
_________________
「あの…松崎ですが……」
「ああ! 松崎さんっ、どうぞこちらへ」
カツ カツ カツ カツ…
ヒールの音が病院の廊下に響き渡る。
「こちらです。ご両親が先に来てお待ちです」
ガラッ___女性はドアを開けた。
ピッ ピッ ピッ ピッ ピッ
「綾子! 遅かったじゃない」
「お母さん、理人は?」
「もう駄目みたいだ」
「お父さんっ、まだ決めつけなくても」
「綾子、覚悟を決めなさい。もう駄目なんだ」
「お父さんったら!」
「嘘っ、嘘よ…理人っ、理人っ!」
フーッ フーッ フーッ フーッ
「ちゃ、ちゃんと息してるわ。だからきっと大丈夫よ。この子ちゃんと息しているもの」
「綾子……」
「ね? 大丈夫でしょう? ちゃんと息をしているわ。だから助かるわよ」
「綾子、それは人工呼吸器で自動的に酸素を送り込んでいるだけなんだよ」
「そんな事ないわ。大丈夫よ、ね、理人、ママ来たわよ、遅くなってごめんね、ねぇ理人、目を開けて、理人っ!」
その時ベッドに横たわる幼い子供につけられたモニターがけたたましい音を立てた。
ピコンピコンッ ピコンピコンッ ピコンピコンッ ピコンピコンッ
その時何名かの医師と看護師が走って来て言った。
「すみません急変ですので、ご家族は廊下でお待ち下さい」
「り、理人っ!」
「綾子、さ、一度出よう」
「い、嫌っ!」
「綾子っ!」
「嫌よっ、理人っ、理人、りひとーーーっ!」
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「内野さん」
「…………」
「今日の休憩は早番で行ってきていいわよ」
「……はい」
ここは長野県の軽井沢にほど近い食品工場。この工場では大勢のパ―トやアルバイト達がコンビニ用の弁当を製造していた。
女性は休憩を言い渡されたので持ち場を離れる。
女性がいなくなると、同じラインにいた女性二人がヒソヒソと話し始めた。
二人のうち一人は20歳そこそこの入りたての若い女性アルバイト、そしてもう一人は40代のベテランパートだった。
「内野さんでしたっけ? あの人『はい』しか言わないですよね。私あの人が誰かと喋っているのを見た事ないです」
「ああ、あの人はいつもああよ。ちょっと変わってるの」
「変わってる?」
「そう、ここに来た時からいつもあんな感じよ。なんか人と関わりたくないオーラが凄いのよ」
「そうなんですか」
「結構美人でしょう? なのに勿体ないわよね」
「そうですねぇ」
「まあ話しかけても返事は返ってこないから相手にしない方がいいわよ。あと無視されても気にしないで。あの人みんなにああだから」
「わかりました」
「じゃ、持ち場に戻って」
「はい」
先ほどラインを離れた出た女性は、工場の出入口でクリーンスーツを脱いでいた。
そして脱ぎ終わるとロッカーへ向かった。
ロッカーから弁当を取り出した女性は屋上へ向かう。
この工場内には広い食堂と何ヶ所かの従業員休憩室が設けられていたが、女性はいつも屋上へ行く。
彼女は真冬と真夏以外のほとんどを屋上で過ごしていた。
屋上のベンチに腰を下ろした女性は、フーッと息を吐いて空を眺める。
初秋の真っ青な空を見ているとほんの少しだけ心が癒される。
女性はスマホでお気に入り作家の小説を読みながら弁当を食べ始めた。
女性が読んでいるのはサスペンス物だ。
この作家の小説はスリルと奥深さがある読んでいるとどんどん引き込まれる。
作家の小説を読んでいる時だけ女性は他の事を考えないで済むので救われていた。
コメント
13件
なんで理人くんだけが…幼い命だけが犠牲になるの🥲 不倫相手と子連れドライブして理人くんだけって…
悲しい過去のエピソードからのスタート.ですね....😢 夫の不倫ドライブの巻き添えにより愛する我が子を失ったヒロイン( 。゚Д゚。) 彼女の悲しみを癒し 新しい一歩を歩み出すきっかけを与えてくれるような 運命的な出会い....🍀 そんな出会いに期待しながら、楽しく拝読させていただきます✨
このお話で一つリンクしたのがセルシアンブルーの涼平さんも綾子さんのような気持ちだったのかな、って。。 どちらも愛する人を亡くして…亡くし方はえらく違うけど、半身もがれたような心に深い深い傷を負っていつまでもキリキリ痛むような気持ちだったのかなって。。 涼平さんが詩帆ちゃんに救われたように綾子さんも時間をかけて仁さんに掬い上げてもらいたいな(´༎ຶོρ༎ຶོ`)(´°̥̥̥̥̥̥̥̥ω°̥̥̥̥̥̥̥̥`)