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Aさんは二十代半ばの女性。現在は家事手伝いの肩書で実家暮らしだが、昨年まで都内の小学校に勤める教員だった。
「学校の先生になるのは小さい頃からの夢だったんですけど……。あんなことさえなければ……」
Aさんが教師をやめることになったきっかけはとある児童宅への家庭訪問。
とは言え、その児童は成績優秀でクラスでも人望の厚いリーダー格の男の子。取り立てて問題があるとは全く思っていなかった。
「正直、度肝を抜かれました。ご両親のお仕事が宗教関連ということはもちろん認識していましたけど、お寺とか神社とか……もっと一般的な施設を想像してたんです」
その児童宅はとある新興宗教の本部ビルだったと言う。
ビルの一階、ピカピカのエントランスで複数の職員にアポを確認してもらった後、最上階までエレベーターで向かった。
そこで迎えに現れたお手伝いさんに案内されたAさんは子供部屋に通され、
「……正直、頭の中が真っ白になってしまいました。私、兄弟が多くて六畳の部屋を姉と妹の三人で共有していたから余計にそう思ったのかも知れませんけど、それにしても」
その子供部屋はあまりにも広かった。
恐らくAさんの実家にある部屋をすべて合わせても足りないぐらい。
勉強机やベッド、衣装タンスと家具は最低限のものしかなく、一方で壁に掛けられた物体の異様なまでの大きさが否応なく目を引いた。
「天狗のお面でした。長さは二メートルぐらいかな?とてもではないけれど、人間が着用できるとは思えませんでした」
しかし、それよりもさらにAさんの気を引いたのがこの部屋の主。
巨大な天狗の面に恭しく柏手を打ち、頭を下げる児童……教え子の姿だった。
「私に気がつくと彼、パッと笑顔になって駆け寄って来てくれたんですけど……」
Aさんはどんな顔をすればいいか、わからなかった。
やがて彼の両親、というには若すぎる見た目の男女が現われ家庭訪問が始まった。
児童は両親にとって自慢の息子であるらしく、神様のためにこの子は生まれてきただの、この子は他の子供とは違って特別だの、最近ではドラマでも聞かないようなセリフが飛び出たが
「正直、私はそれどころじゃありませんでした。その、見えたんです。お面の周りだけじゃなくて……」
その時、Aさんには蛙のような奇妙な生き物が部屋中でピョンピョン跳ね回るのが目に見えていたそうだ。滑稽なことにそいつらは人間のような顔をしていたという。
学校に帰った後、Aさんは学年主任の教師や教頭、校長に自分が見聞きしたことを報告した。人面蛙のことは除いて。
Aさんの上司たちは、両親がカルト宗教とされる団体の最高幹部であることは確かに特異な環境ではあるが児童本人の学校生活には問題が見られない限りは様子を見る、つまり関わらないと結論した。
「それから……教室でいつも通りの彼を見るのが怖くて辛くて、私、教師を辞めることにしたんです」
しかし、実家に引きこもるようになってもAさんは時々、あの薄気味の悪い人面蛙の姿を見かけることがあると言う。
「ある霊能者の人が言うにはあの蛙たちは天狗のお面の霊力に引き寄せられた雑多な魑魅魍魎の類らしくて。それほど悪いものではないにしろ、全くの無害というわけでもないそうです」
近くAさんは憑き物落としで有名な神社を訪ねる予定だと言う。
「もう教師には戻ることはできないでしょうね。理由はどうであれ、私はあの子を見捨ててしまったんですから……。せめて元気でいて欲しいとは思っています」
悲しそうにAさんは微笑んでいた。
#異能