テラーノベル
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#成り上がり
#死に戻り
#ハッピーエンド
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喉の奥がまだ冷たい。肺の内側に川の水が残っている気がして、サベリオは何度も浅く息を吸った。
けれど目の前にあるのは、濁った水面ではなく、しずくシェルターの白い天井だった。窓の隙間から朝の光が差し込み、廊下の向こうでは誰かが木箱を引く音がする。
夢だ、と最初は思った。
そう思いながら起き上がった瞬間、階下からモルリの笑い声がした。
「ちょっと、こぼした!」
続いて、器が机に当たる軽い音。誰かが「あっつ」と言う。
昨日も聞いた。いや、昨日ではない。七日前の朝に、たしかに聞いた。
サベリオは立ち上がる。足がふらついた。床は乾いていて、服も濡れていない。それなのに、耳の奥だけ雨の音が離れない。
階段を下りると、見覚えのある光景がそのまま広がっていた。長机の端でモルリがスープをこぼし、ミゲロが布を差し出し、ホレが呆れた顔で帳面を守っている。こぼれた場所まで同じだった。机の右端。角の少し手前。木目に沿って、薄い茶色のしみが広がっていく。
サベリオはその場で立ち尽くした。
「どうした?」
ミゲロに声をかけられても、うまく返せない。
「顔、ひどいぞ。寝てないのか」
寝ていた。死んで、目を覚ました。そんな言葉、口に出せるわけがない。
その時、地下のほうから、低い音がした。
井戸の底で長い鐘が揺れるみたいな、あの音だ。第1話の朝、デシアが聞かせてくれた「春の最初の音」。胸の奥がひやりと冷え、背中にぞわりと鳥肌が立つ。
サベリオは無意識に地下の扉を見た。重い木の板は閉まっているのに、あの響きだけが、朝のざわめきの底を流れている。
夢ではない。
橋から落ちたことも、デシアの涙も、鐘の音も、全部ほんとうだった。そして今、自分はあの夜より前へ戻っている。
だったら、やることは一つしかない。
今度こそ、事故を起こさない。
誰にも言えないまま、サベリオは拳を握った。掌には何も入っていないのに、冷えた川水の感触だけがまだ残っていた。