ダイニワ:研究は誰のために(ミナト編)
北方の研究都市。
翡翠核(ヒスイコア)研究所の建物の中に、無数の端末と緑色のホログラムが並んでいた。
ミナト(27)は、灰色の研究服を着込み、胸元には翡翠核研究所の緑バッジを光らせていた。前髪を横に流した整った顔立ち、細い指には電子インクの痕が残っている。
彼の机上には複雑な数式とコードが走るタブレットが置かれていた。画面に映し出されたのは「感情解析アルゴリズム」のテスト結果。笑顔・不安・疑念といった市民の表情が瞬時に分類され、リアルタイムで数値化されていく。
「これが“安心の未来”を支える技術……か」
ミナトは苦く笑った。
このアルゴリズムは表向き「市民教育支援」「安心教材」と説明されているが、実際はネット軍の監視網に組み込まれ、誰がどんな言葉や感情を抱いたかを逐一記録していた。
研究所の壁に設置された大型スクリーンが突然切り替わり、テレビ中継が始まる。
協賛エンターテイナーの子どもたちが、教材番組で声を揃えていた。
「今日も安心を学びましょう! 協賛ありがとう!」
笑顔の映像に重ねて、彼のアルゴリズムが「安心」「同調」「従順」の数値を算出していく。
ミナトは椅子に深く腰掛け、乾いた笑いを漏らした。
「結局、俺の研究は“教育”じゃなくて“統制”に使われるのか」
隣の机で働く同僚は緑色の研究帽をかぶり、無表情でモニターを眺めている。
研究所内の壁には「未来を守るのは翡翠核」というスローガンが掲げられ、監視カメラが静かに光を放っていた。
ミナトは机の下で拳を握りしめた。
「拒めば……行き場はない」
その指先は震えていたが、モニターには変わらず笑顔の市民が映り、安心を唱和し続けていた。