ダイロクワ:消されたキョウテイ
夜の大和国。
集合住宅の一室で、緑色のパーカーにデニムを合わせた若者たちがタブレットを囲んでいた。画面には、昨日まで確かに存在していた人気配信者キョウテイ「カナメ」のチャンネルが表示されていたはずだった。
「……無い」
水色のジャージを着た青年が、目を大きく見開いた。
「動画も……アカウントも……全部、消えてる」
カナメはラベンダー色のシャツに黒髪を軽くまとめ、穏やかな笑顔で料理や生活術を配信していた中堅キョウテイだ。コメント欄にはいつも「協賛ありがとう!」が並び、子どもから大人まで親しまれていた。
だが今、画面には「存在しないエンターテイナーです」の一文が冷たく浮かんでいるだけだった。
「サイコパスだったのかな……」
ベージュのワンピースを着た女性が、震える声で呟く。隣の青年もうなずいた。
「仕方ないよ、統制外語に触れたなら。安心のためだ」
その会話は、恐怖と自己防衛の混ざったものだった。カナメが何を言ったのか、誰も正確には知らない。だが「消えた」という事実だけが残り、市民はそれを「安心の証」と受け止めるしかなかった。
通りを歩けば、大型スクリーンに「サイコパスを避けよう!協賛ありがとう!」の映像が流れ、笑顔のキョウテイたちが唱和していた。
だが画面の裏側では、ネット軍の管制室で灰色の制服を着た隊員がログを確認していた。
「削除完了。発言記録は全て抹消。視聴者コメントも安心フィルター済み」
モニターの隅に、一瞬だけ赤文字で「統制外語検知」と表示されたログが点滅したが、すぐに緑色の「安心」に塗りつぶされた。
夜風が吹き込む窓辺で、カナメの元同級生だった青年は小さく呟いた。
「……昨日まであった笑顔が、もう誰も思い出せない」
街には協賛歌が流れ、合唱が響いていた。
安心の声にかき消されるように、ひとりのキョウテイの痕跡は闇に溶けていった。
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