ダイナナワ:安心コメ欄の実態
夜、集合住宅のリビング。
水色のパジャマに着替えた少年リク(16)は、ヤマトタブレットを膝に置き、人気キョウテイ・ナギサの生配信を見ていた。
ナギサはラベンダー色のブラウスにベージュのスカート、長い黒髪をまとめ、柔らかな笑顔で歌っている。画面のコメント欄には「協賛ありがとう!」「安心だね!」が流れ続けていた。
リクは試しに入力欄に「自由って何?」と打ち込んだ。
その瞬間、コメント欄には反映されず、かわりに「安心ありがとう♡」が自動で投稿された。
「……え?」リクが眉をひそめる。
一方、配信の裏側。
灰色の服を着たモデレーターがモニター前で黙々と操作していた。
「統制外語検知。削除。自動置換完了」
隣の画面には赤字で「危険入力:自由」と表示され、即座にリストへ送信される。
ナギサは知らぬ顔で歌を続け、画面上のコメ欄は「協賛ありがとう!」「安心最高!」と明るく埋め尽くされていく。
リクの母(ベージュのエプロン姿)が台所から覗き込んだ。
「リク、ほら、安心コメントばかりでいいでしょ。これなら子どもも安心して見られるの」
リクは曖昧に頷いたが、指先は震えていた。
画面の隅では視聴者たちがひそひそと書き込みを試みる様子が見える。
「これ全部本物のコメントなの?」
「同じ言葉しか流れない……」
しかし、その書き込みすら瞬時に削除され、「協賛ありがとう!」に上書きされる。
管制室の緑のフーディを羽織ったZは、数十台のモニターを見つめながら小さく笑った。
「安心を繰り返せば、不安は存在しなかったことになる」
ナギサの歌声と、画面に流れる同じフレーズの洪水。
リクはタブレットを閉じ、胸の奥にざらりとした違和感を抱えたまま、窓の外の灰色の夜空を見つめていた。
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