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#成り上がり
#死に戻り
#ハッピーエンド
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翌朝、空は薄く曇っていた。雨は降っていないのに、町じゅうが水を待っているような色をしている。
サベリオはハルティナと一緒に、パルテナのあとを追っていた。本人に頼まれたわけではない。ただ、昨日から彼女の様子が妙に静かだったのだ。いつもなら何か言ってしまってから慌てて取り繕うのに、今日は最初から口数が少ない。
パルテナが向かった先は、商店通りのはずれにある古い時計店だった。例の寄付の席で、彼女の不用意な言葉に傷ついた年配の男性が営んでいる店だ。
「見守るだけだからね」
ハルティナがささやく。
「口は出さない」
「出したくなっても?」
「出さない」
二人は少し離れた場所で立ち止まった。
店の扉が開く。鈴が鳴る。中へ入ったパルテナは、最初に深く頭を下げた。その背中の固さだけで、どれだけ緊張しているか伝わってくる。
やがて店主の低い声が聞こえた。怒鳴ってはいない。けれど乾いた硬さがある。
パルテナの声は最初、何を言っているのか分からないくらい小さかった。たぶん謝っている。昨日は、相手の過去も知らず、軽い調子で「昔のことなんだから笑って話してくださいよ」と言ってしまった。その一言が、深く刺さったのだ。
しばらくして、店主の声が少し変わった。
扉の隙間から見える横顔は、怒っているというより、痛みを思い出している顔だった。
「笑って話せることばかりじゃない」
その声が、外にまで届いた。
「しずくシェルターがなかったら、あの水の日にうちは終わってた。家族も道具も、全部流れていたかもしれない。だから軽く言われたくなかった」
パルテナはもう一度、もっと深く頭を下げた。
「知りませんでした、じゃ済まないです」
「済まないな」
「でも知りたいです。どうしてそこまで大事なのか、ちゃんと聞かせてください」
その言葉で、店の空気がわずかにゆるむのが外からでもわかった。
ハルティナが隣で息をつく。
「えらい」
サベリオも同じことを思った。
しばらくして、店主は店の奥から一枚の古い写真を持ってきた。茶色く変色した紙に、若い頃の彼と、まだ新しかったしずくシェルターの前に並ぶ人たちが写っている。泥だらけの服、毛布、疲れ切った顔。それでも誰かが笑おうとしている。
パルテナは写真を両手で受け取り、まっすぐ見ていた。
「私、昨日、自分が頑張ってることばっかり考えてました」
彼女が言う。
「寄付を集めなきゃって焦って、相手の大事なものを踏んでました」
店主はしばらく黙っていたが、やがて小さくうなずいた。
「若いのに、ちゃんと戻ってきたな」
「戻ってこないと、ずっと痛いままだと思ったので」
その返事に、サベリオの胸がじんとした。
刺さった言葉は消えない。けれど、刺さった場所を見ないふりしなければ、そこから別の話が始まることもある。
店を出てきたパルテナの目は少し赤かった。だが昨日のような空回りの熱ではなく、きちんと地面を踏んでいる顔をしている。
「見てた?」
サベリオが問うと、彼女は肩を落とした。
「見てたでしょ、絶対」
「途中から」
「最悪」
そう言いながらも、口元だけは少し笑っていた。
「昔の話、聞けた」
パルテナは写真を胸に抱え直す。
「シェルターって、ただの古い建物じゃないんだね」
「うん」
「だったら、もう一回ちゃんとお願いしに行く。今度は、何を守りたい場所なのか知ったうえで」
その声は、以前よりずっと静かで強かった。
言葉は刺さる。けれど、刺したまま終わるか、そこから学ぶかで、人は少し変われるのかもしれない。