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#和風ファンタジー
#伝奇
それからどれくらいの間、一点の光もない家の中でもがき続けただろう……」?
物につまずき、ぶつかり、危うくその場でひっくり返りそうになりながらも――、転がるようにしてうちは外に飛び出していた。
そこは勝手口だった。
改めてうちはたった今、飛び出してきた家を見回す。
最初から違和感や予感はあった。
だけど、いざ真実を目の前に突きつけられると膝から崩れ落ちそうになるほどの衝撃を受ける。
うちが通された東雲家はまがうことなき廃屋だった。
人が住んでいるとは到底思えないような。ましてやインターフォンが通じているはずもない。
かつては白かっただろう土壁は黒ずんでいたし、心無い輩による心無い言葉がそこかしこにスプレーで落書きされていた。
一際目を引いたのは、幽霊屋敷とか、赤ん坊喰らい犬の家と言った言葉……。
正直に告白すれば、うちはそのまま逃げ出したかった。
自分でもすごく情けないとは思うけれど、お父さんやリョウに泣きついて後のことは任せてしまいたかった。
だけど、それはできなかった。
ここで逃げ出すのはあまりに無責任だと思った、と言うのもある。
だけど、うちを本当にこの場に留まらせたのはそんな義務感とかじゃない。
うちはあの子と、アンディーと会って話がしたかった。
これは一体どういうことなんや、と問い詰めたかった。なんでこんなことになったのか、あののん気そうな顔をどつき回してでも理解させたかった。
だけど、それだけじゃなくて……
うちはアンディーを抱きしめて、一緒に泣いて、アンディーが傷つけ、苦しめた東雲家の人達に謝りたかった。謝って頭を下げて、どうかこの子を許してあげてくださいって地面にひれ伏したかった。
ボロボロ、ボロボロと馬鹿みたいに涙をこぼれ落ちさせながらうちは雑草の生い茂る庭へと向かった。
夕陽の染まった空の下、うちは頭がグラグラ揺れるのを感じていた。
アンディーの姿はすぐに見つけることができた。
すっかり水の干上がった石造りの池のほとりで――、ゴールデンレトリーバーのキグルミのような姿をした犬の怪異はうちに背を向け、その場に両膝をつき、懸命に地面の土を掻きだしていた。穴を掘っているのだ。
うちは大きく深呼吸をしていた。
そして意を決し、モフモフとした毛並みに包まれた背中に声をかける。
「アンディー。……もう行こ? この家にはもう誰も」
おらんから、とうちが言いかけた時だった。
ムクリとアンディーが立ち上がり、こっちを振り返る。アンディーは両腕に何かを抱きかかえていた。土の中から掘り返されたであろう、ドロドロに腐敗した塊をうちは最初、生ゴミか何かだと思った。
だけど、違った。
その二つの塊には毛が生えていた。虫に食われ、骨の覗く足の先には崩れかけた肉球がついていた。それぞれ、形状の異なる尻尾も生えていた。
二つの腐り果てた肉の塊がもとは犬であろうことはうちにも想像がついた。
だけど、その頭部は鈍器のようなもので何度も殴りつけられ叩き潰されていて、犬に疎いうちにはそれがどんな犬種なのか到底判断がつかなかった。
全身から力が抜け、ヘナヘナとうちはその場に崩れ落ちていた。
東雲さんの、かつてこの家の主だったモウジャの言葉がうちの中で響く。
――残った犬二頭も同様に処分しました。
ウソや。
そんな酷い話、あるわけないやろ。
ふざけんな。
「――トムとジェリちゃんです……」
腐り果てた肉の塊を抱きしめたまま、アンディーが低く唸った。
「パパが二人を埋めました。痛い痛いって泣いていたのに。許してって、やめてってお願いしたのに」
「待って、アンディー。お願いやから・・・…」
自然と声が震える。
と、その時――。
まるで動画の自動再生ように、うちの脳裏に一連の映像が浮かび上がる。
背景は赤く滲む夕焼けの空。
庭に二頭の犬――チワワと柴犬の首に綱をひっかけ、引きずるようにして連れてきたお爺さんは東雲さんだ。アンディーがトム、ジェリちゃん……兄弟と呼んでいた犬達は尻込みをし、まるで狂ったような金切り声で泣き叫んでいた。
そんな犬達の綱を踏みつけ、身動きを封じた東雲さんは金槌が握りしめられていた。
手を細かく震わせながらも東雲さんはそれを大きく振りかざす。
東雲さんは笑うような、叫ぶような陰惨な表情を浮かべていた。
ギラギラと光る二つの瞳から血のように赤い涙が伝い落ちる。
「全部あいつが悪いんだっ……! 怨むならあいつを怨め!」
絞り出すような声とともに金槌が振り下ろされ――、悲痛な犬の断末魔が夕闇に染まり始めた住宅街に響き続けた。
「うぶっ……」
強烈な吐き気が込み上げ、うちは口元を両手で押さえていた。
その間にも惨劇を伝える映像は回り続ける。
もう見たくはなかったけれど、目を塞いでも無駄なことはわかっていた。
この映像はうちの心の中で再生されている。
そして、それを伝えているのはアンディー……。
多分、この庭に残された記憶を嗅ぎ取り取り込んで――無意識に流し込んでいるんだと悟った。
と、アンディーの瞳がグルリと反転し、瞳孔のない白眼となる。
続いて上半身に奇怪な変異が発生。
空気を吹き込まれた風船のように大きく膨れ上がり、前足を包んでいた手袋が内側から引き裂かれ、なかから鎌のように鋭い爪が三本飛び出してくる。
喘ぐように苦しそうに口には白鋭い牙がメキメキと生え伸び、その間を粘り気のある唾が糸を引いて光るのが見えた。
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