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#死に戻り
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七日前の朝は、相変わらず同じ匂いで始まった。
しずくシェルターの裏口には、昨夜の雨がまだ細く残っている。濡れた石畳の上を、モルリが鍋を抱えてせかせか走っていく。遠くではヌバーの笑い声がして、ミゲロが木箱を一つ落としそうになっていた。
何度も見た朝だ。
けれどサベリオの胸の中には、今までと違う静けさがあった。橋を守る。照明を直す。発電機を点検する。誰か一人を助ける。その全部が必要なのは変わらない。だが、それだけでは足りない。
置いていかれた願いが一つでもあれば、夜はまたこちらを突き戻す。
サベリオはシェルターの真ん中へ出ると、まだ集まり切っていない仲間たちに向かって声を張った。
「今日、少しだけ話を聞いてほしい」
モルリが鍋を置き、ヌバーが面白そうに眉を上げる。アルヴェは忙しそうな顔のまま腕を組み、トゥランは入口で立ったまま様子を見ていた。
「今年の祭り、誰か一人が頑張って完成させる形じゃだめだと思う」
自分でも、ひどく不器用な言い方だと分かった。それでも続ける。
「デシアの舞台は、デシアだけのものじゃなくていい。橋のことも、屋台も、照明も、昔の記録も、避難の流れも、全部が町の音になるなら……たぶん、そのほうが強い」
少しの沈黙のあと、ヌバーが先に吹き出した。
「急にでかいこと言うじゃん」
「でかいよ」
サベリオも苦笑した。
「でも、本当なんだ。誰かの春だけ進んで、誰かが取り残されるのは嫌だ」
その言葉に、ハルティナがそっとうなずいた。
「私は好き。そういうの」
ミゲロも木箱を抱え直して言う。
「じゃあ、裏方も表に出ていいってことだな」
「出ていい」
サベリオは言った。
「というか、出てほしい」
デシアは少し離れた場所で、そのやり取りを黙って聞いていた。録音機を胸に抱えたまま、目だけが静かに揺れている。
アルヴェがようやく口を開く。
「全員を舞台に乗せるのはきれいごとに聞こえる」
サベリオの喉が鳴った。
「うん」
「だが、橋とシェルターと町の声を一つにするなら、責任の分け方も変わる」
アルヴェは腕をほどいた。
「そこまで言うなら、案を出せ。感情だけじゃなく、順番もな」
叱られたわけではない。試されているのだ。
サベリオは息を吸い、昨夜まで胸の中で何度も組み直していた言葉を出していく。若者の叫びを録音し、橋は導入の場にすること。しずくシェルターの音を舞台の中心へ置くこと。昔ここに救われた人たちの声も、今の町に返したいこと。
話し終えるころには、汗が手のひらに滲んでいた。
その沈黙を破ったのはデシアだった。
「やってみたい」
短い一言だったが、その声は思いのほか強かった。
「私、町の音だけじゃなくて、町の人の声も入れたい。誰の春も置いていかないなら、そのほうがたぶん本当になる」
ヌバーが両手を打つ。
「はい決まり。誘ってるんですけど、もう全員参加ってことで」
モルリが笑い、ハルティナが「強引」と肩を揺らした。
トゥランは入口の外を見ながら、ぽつりとつぶやく。
「全員を舞台に乗せるなら、全員を無事に帰さなきゃ意味がない」
その低い声に、サベリオははっとした。
そうだ。夢も安全も、どちらも欠かせない。今度の一週間は、きれいごとを本当に形にするための時間だ。
サベリオはデシアと目が合った。彼女は小さく笑う。
「今日のあなた、前よりちゃんと朝の顔してる」
「朝の顔?」
「夜に置いてきたものが少し減った顔」
その言い方が妙にうれしくて、サベリオは照れ隠しみたいに頭をかいた。
七日前の朝は、まだ何も解決していない。
それでも今までで初めて、同じ場所へ戻された気がしなかった。今度はただ失敗を減らすためではない。誰の春も置いていかないために、この一週間を歩き直すのだと、サベリオははっきり思った。