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第85話:大和国建国日 ― 歌で決められる未来
■ 朝 ― 「記念日」が塗り替えられた国
七月一日。
大和国建国日。
この日は年に一度だけ、全国が一斉に「休み」になる。
街には巨大ビジョンが設置され、
淡緑と灰を基調にした旗が揺れていた。
通りを歩く かなえ(32) は淡緑のブラウスにモカのスカート。
束ねた髪は水色クリップで留められ、
耳元では薄灰のイヤリングが揺れている。
隣を歩く ゆづ(10) は薄桃のワンピースに灰の薄手パーカー。
足元は濃い灰のスニーカー。
幼い目がビジョンを見上げた。
「ママ、きょうって……なんのひだっけ?」
かなえは優しい声で答える。
「大和国が生まれた日よ。
昔の“にほん”はもう無いから、
きょうがわたしたちの“はじまり”なの。」
ゆづは素直にうなずく。
大和国では旧日本の行事は廃止されている。
元旦も、節句も、誕生日さえない。
すべての祝い事は
「安心値がそろう日」だけに再編された。
今日の建国日もそのひとつ。
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■ 午前 ― 安心ソングで染まる街
駅前の広場では、建国日の特別ライブが始まっていた。
司会者は灰ベースのスーツに緑のネクタイ。
隣には人気協賛アーティスト・ ミラ(28) 。
ミラは淡水色の髪を揺らし、
淡緑と薄紫を合わせたステージ衣装を着ていた。
ビジョンが光り、歌が始まる。
『ここは安心の国
わたしの温度が街をつくる
あなたの鼓動が未来になる
――きょうも、あすも、大和のひとつ』
観客はカタシンで送られる歌詞を読みながら、
自然と身体を揺らした。
ゆづが手を振って言う。
「ミラちゃんかわいいー!」
かなえは笑いながら手を振り返した。
だが、会場の上空では
心理指数スキャン用ドローンがゆっくり巡回していた。
観客の体温・動き・発汗が“建国日の心理値”として
リアルタイムに翡翠核へ送られていく。
ミラのライブは「安心を形成する儀式」であり、
市民はその“データの一部”となる。
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■ 昼 ― 消された歴史、残らない記念日
ライブが終わり、
公園へ向かう家族の列ができていた。
かつて寺社だった場所は、今は「安心公園」。
灰色の石畳と緑の芝生だけが広がり、
かつて祈りがあった痕跡は無い。
ゆづがアイスを食べながら言う。
「ねぇママ……むかしの“おしょうがつ”ってどんなの?」
かなえは少しだけ困った顔をしたが、
すぐに柔らかい笑顔に戻した。
「うーん……だいぶ前の人たちの習慣だから、
わたしたちには関係ないのよ。
大和国は“毎日がはじまり”だから。」
公園のスピーカーが優しい声で補足する。
『昔の祝日は非効率でした。
安心基準に合わせた新しい生活を楽しみましょう。』
ゆづは安心したように笑う。
もはや市民にとって
“何かを祝う”という概念そのものが薄れていた。
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■ 夕方 ― 祝われない誕生日
夕暮れの帰り道。
住宅街のビジョンに建国日の公式映像が流れる。
協賛アーティストが歌い、
市民が笑い、
翡翠核の光が都市を照らす構図。
ゆづはふと聞いた。
「ママ、わたしのおたんじょうびって、いつなの?」
かなえは歩みをとめ、
ゆづの肩にそっと手を置いた。
「ゆづ。
誕生日はね、“いつ”じゃなくて、
“生まれていることに安心できる日”なのよ。」
ゆづは意味がわかったような、わからないような顔で
「……そっか」とつぶやいた。
大和国では誕生日という概念は廃止されている。
個人の誕生を祝う文化は「不安を生む」と判断されたためだ。
かわりに、
安心値が高い日だけが“お祝いの日”となる。
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■ 夜 ― Zの視点
その頃、地下のモニタールーム。
緑のフーディを羽織った ゼイド は、
大量の建国日データが流れる画面をじっと見ていた。
市民の笑顔。
歌うアーティスト。
自然に揺れる群衆の体温波形。
ゼイドは短く息を吐いて笑った。
「祝われる国に歴史はいらない。
忘れさせるために“建国日”がある。」
彼の左目の古い光学スキャナ跡が光を反射する。
「誕生日を消し、年越しを消し……
人の“時間”まで国家の所有か。」
モニターに映るミラの歌声を眺めながら、
ゼイドは静かに呟いた。
「安心を歌にすると、人は疑わなくなる。
……だからこれは、もっとも優しい支配だ。」
地下室の光が淡く揺れた。
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■ 結び ― 祝いが消えた国で
建国日の夜。
市民は皆、同じ番組を見て眠りにつく。
『安心の光で、未来を照らそう。
あなたの温度が、大和国をつくります。』
ゆづは布団の中でそっとつぶやいた。
「わたし、きょう安心したよ。
また、来年もあるんだよね……?」
その問いは、
祝われない誕生日よりも静かに
部屋の中へ溶けていった。
大和国の“建国日”──
それは、
過去を消し、未来だけを強制するために生まれた休日だった。
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