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クワトルシティ潜入作戦、第一段階。俺とシオリがカップルを装って街に侵入し、内部からテレビ塔をジャックする。
「アーちゃん、行くわよ! 都会デート!」
シオリが当然のように俺の腕を強く組み、密着してくる。トオルの重苦しい激励を背に受けた後の、この温度差。俺のテンションが狂いそうだ。
「……腕を組むのは必要なのか? まぁ、いい。シオリ、作戦は忘れてないよな」
「もちろんよ! ちゃっちゃと終わらせて、クワトルシティの限定スイーツを食べに行かないと」
シオリのいつもの呑気な台詞に、張り詰めていた緊張の糸がふっと途切れるのを感じた。
「……ふっ、そうだな。パパッと終わらせて、美味い飯でも食うか」
俺たちは演技をしながら、巨大な門の前に立つ門番の目の前まで歩いた。門番は機械的な無機質な瞳で俺たちを見ている。
「クワトルシティに何の御用でしょう」
「見れば分かるでしょ! デートよ、デート!」
シオリが食い気味に言い放つ。俺は少しだけ顔を出し、門番を凝視した。
「……俺を、知っているか?」
すると、門番の表情が劇的に書き換えられた。
「あっ! アレンさん!? ……あぁ、驚いた。娘がファンなんです! 最近全くメディアに出てこないから、心配していましたよ」
「……あぁ、まぁ、いろいろあってな」
「分かりました、プライベートですね。後でサイン、いただけますか?」
「ダメよ。今はデート中なんだから」
シオリが不自由そうに頬を膨らませるが、俺は苦笑して門番の肩を叩いた。
「おい、サインくらい後で書いてやるよ」
「ありがとうございます! それでは、中へどうぞ。王の管理する、完璧な平和をお楽しみください」
開かれた門の先。そこには、ゴミ一つ落ちていない、病的なまでに清潔な『死の街』が広がっていた。
住人たちは、まるで精密なプログラムで動いているかのように、一点の曇りもない笑顔で生活している。世界で覚醒者が現れ、混乱が起きていることなど、最初から知らないかのように。
「大都会、クワトルシティ……。雰囲気がなんか、気持ち悪いな」
俺の野性の勘が、この街全体を覆う見えない膜のような不自由さを感知して警鐘を鳴らす。だが、隣のシオリは楽しげに鼻歌を歌っていた。
「そう? 私は居心地がいいわよ。清潔で、ルールがはっきりしていて……素敵な街じゃない」
「そうか……」
シオリのその言葉に、俺は背筋に冷たいものが走るのを感じた。彼女がこの異常な平穏を「居心地がいい」と言ったのは、本心なのか、それとも。
「アーちゃん、あそこ! あそこ後で食べに行こうね!」
シオリが突然大きな声を出し、指を差した。彼女がさっき話していた限定スイーツの店だろうか。行列に並ぶ住人たちも、まるで人形のように整然と並んでいる。
「……あぁ、後でな。とりあえず、テレビ塔を目指すぞ」
俺たちは目的のテレビ塔へ向けて歩みを速めた。街の中心にそびえ立つ、巨大な鉄塔。あれが、ガイアの支配をこの国の隅々まで送信している中枢。テレビ塔の直下。見上げれば、首が痛くなるほどの威容が俺たちを見下ろしていた。
ここをジャックし、トオルの言う『電波』を流す。それが、俺たちがこの不自由な社会をひっくり返す最初の一手だ。
「シオリ、少し離れてろ」
「はーい。頑張ってね、アーちゃん」
シオリの軽快な声を背に、俺は懐から一本の錠剤を取り出し、噛み砕いた。数秒後、心臓が爆発したような衝撃が走り、全身の毛細血管が悲鳴を上げる。
「……っ、はぁ、はぁ。……クソ、いつまで経っても慣れねぇな」
カメレオンの遺伝子による、強制的な擬態。皮膚の下にあるナノサイズの結晶格子の間隔を、脳からの過剰な電気信号で無理やり書き換える。反射される光の波長が周囲の風景と同期し、俺の輪郭が世界に溶けていく。
この「保護色」を維持している間、俺の脳内は常に激痛という名の代償に支配され続ける。だが、十分だ。これで、テレビ塔内の監視網からは削除されたも同然。
俺は透明な死神として、テレビ塔の心臓部――放送室へと足を進めた。
(……それにしても、ここにいる奴らもまるでロボットだな)
警備員もスタッフも、一様に『幸せ』という不気味なプログラムに上書きされたような顔で、常に笑っている。
感情の揺らぎというノイズが一切存在しない。俺はその背後を音もなく通り抜け、放送室へと滑り込んだ。
「すまないな。……殺しはしないから、安心してくれ」
姿の見えない俺から放たれた一撃に、室内の人間たちは何が起きたか理解する間もなく崩れ落ちた。無駄のない、スムーズな制圧。俺は擬態を解除し、荒い息を吐きながらシオリの番号を発信した。
「……シオリ、テレビ塔内を制圧した。こっちまで来い」
『はーい! すぐ会いたい! 今すぐ行くわね!』
端末から響く彼女の熱量だけが、この死んだような街の中で唯一、本物の「生」を感じさせてくれた。
「アーちゃん! お待たせ。それで、どう放送するの?」
シオリが放送室に飛び込んできた。俺は機材を操作しながら、手短にプランを話す。
「……簡単だ。俺がカメラを向けたら、あとは任せる」
「了解よ!」
シオリの能力は、彼女に『負の感情』を抱いた者の細胞を支配し、行動不能にする。発動条件は二つ。負の感情を抱くこと、そしてシオリの顔を視認すること。この街の住人や兵士たち全員にテレビ越しに彼女の顔を叩き込めば、一瞬で作戦は完了のはずだ。
俺はカメラをシオリに向け、クワトルシティ全域への強制放送を開始した。街中のモニター、各家庭のテレビ、街頭の巨大スクリーン。すべてがシオリの顔に上書きされる。
「クワトルシティの皆さん、初めまして。シオリです。ワタシはガイアを殺し、この国を支配しにきました。皆さんもワタシが支配して人形にしてあげますから、震えて待っていてくださいね」
不敵な笑みを浮かべるシオリ。俺は思わず呟いた。
「……切り替えがすげぇな、お前」
だが、次の瞬間、俺の野性が異常を感知した。
「よし、これで街の人間は支配できたか……?」
モニター越しに映る街の住人たちは――依然として動いていた。シオリの宣戦布告など、最初から雑音ですらないかのように。
「えっ……? 何でなの? ワタシを見て、誰も怒っていないの?」
シオリが戸惑いの声を上げる。トオルの予知では、これで第一段階はクリアのはず。なのに、なぜ能力が発動しない?
――パチ、パチ、パチ。
背後から、静かだが重みのある拍手の音が、俺の鼓膜を不規則に叩いた。野性が跳ね上がる。この感覚、ただの警備員じゃねぇ。
「こんにちは。反逆者の皆さん。私はガイア様の側近、バッファ。……王の平穏を乱す不純物を、排除しに参りました」
そこに立っていたのは、岩のような威圧感を纏った巨躯の男だった。
「なっ、なぜ俺たちがここに来ることを……」
「驚いていますね。……すべては、トオルさんが教えてくれた通りですよ」
「トオルだと……! まさか、あの野郎、裏切って……!」
思考がバグを起こしそうになる。だが、今はそれよりも優先すべき疑問がある。
「いや、待て……。だとしても、なぜシオリの能力が発動しない! おい、たとえ作戦が筒抜けだったとしても、シオリの顔を見た瞬間に細胞は停止するはずだ。防ぎようがないだろ!」
俺の問いに、バッファは憐れむような、歪んだ笑みを浮かべた。
「……普通の人間ならね。ですが、このクワトルシティの住人は、皆等しく薬漬けなんですよ。彼らの脳内には『喜び』の信号しか存在しない。シオリさん、あなたの宣戦布告すら、彼らにとっては愉快なエンターテインメントに過ぎない」
憎しみも、怒りも、恐怖すらも感じない――喜びという名の不自由。シオリの『負の感情を支配する能力』は、この幸せな狂気の街において、最初からただのノイズに過ぎなかった。
コメント
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ああ、第30話、読み終えました……! クワトルシティの“清潔すぎる”不気味さ、すごく伝わってきました。シオリの「居心地がいい」発言に背筋が冷えたし、能力が通じない“幸せな狂気”の街って設定がゾクゾクしますね。最後のバッファ登場とトオル裏切りの匂わせで、一気に緊張が走りました。続きが気になりすぎます……!