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怖っ😱跡をつけて来たなんて💦
後をつけるなんて悪趣味。杏樹ちゃんが悲しんでいたら正樹は満足なのだろうか
惜しむ価値のない彼氏だったってことだよ、仕方ないよ🤭
優弥と共にタクシーに乗った杏樹は緊張していた。狭い車内で並んで座っていると何を話していいかわからない。
杏樹が戸惑ったままでいると優弥が口を開いた。
「何を買ったんだ?」
「あ、えっと、絵です」
「絵? マンションに飾るのか?」
「はい、真っ白な壁がちょっと殺風景だったので」
「ふーん…どんな絵?」
「湘南在住の絵本作家が描いた海の絵です」
「湘南の?」
そこで優弥は何か考えている。
「もしかして女性の絵本作家?」
「そうです」
「名前は夏樹?」
「え? 副支店長なぜご存知なのですか?」
「多分俺の同級生の奥さんかもしれない。でも下の名前は忘れちゃったな―」
「夏樹詩帆さん」
「そう、それだっ!」
優弥は名前がわかったのですっきりしたようだ。
「でもびっくりです。そんな偶然ってあるんですねー」
「涼平……あ、同級生は涼平って言うんだけど高校で一緒だったんだ」
「へぇーそうなんですかぁ」
「彼はガチのサーファーなんだよ」
「だから湘南に? それで……」
「ん?」
「お店の方に聞いたのですが彼女の絵はサーファーに人気なんですって」
「へぇ、そうなんだ。俺も一度絵を見せてもらった事があるけど素晴らしかったよ。それはどんな絵?」
「これはセルリアンブルー色をした海が描かれているんです。で、波打ち際にはシーグラスが1つ落ちていて…それが気に入って一目惚れしました」
「セルリアンブルー? シーグラス?」
「あ、はい。セルリアンブルーはエメラルドグリーンよりも少し青みがかった深みのある色なんです。シーグラスは…ご存知ないですか?」
「なんか聞いた事はあるけどどういう物かは知らないな」
「言葉の通りですよ、海に落ちているガラスの破片です。波で削られて丸みを帯びた物が多いですが」
「なるほどね。ガラスが好きなのか?」
「うーんガラスが好きっていうよりも、想像したら楽しくないですか?」
「想像って何を?」
「だからそのガラスの破片はどこの国の物で何の欠片だったのかーとか、どこで海に落ちて流れ着いたのかーとか……あとはどのくらい波に揉まれていたのかなーって想像するだけでもワクワクしませんか?」
「…………」
楽しそうに話す杏樹を見ながら優弥は微笑んでいた。
「な、なんで急に黙るんですか?」
「いや、面白いなーと思って」
「面白い?」
「うん、あんまり楽しそうに話すからさ。それに俺にしかめっ面を見せないのはあの夜以来だなーって」
急にあの時の事を言われたので杏樹は頬を染めた。
「その話はしないで下さいっ」
「セクハラになるか?」
「モラハラですっ。それに私お蕎麦屋さんではしかめっ面はしていませんでしたよ?」
「ハハッ確かにそうだな、悪かった悪かった。で、そのシーグラスっていうのは拾った事はあるのか?」
「もちろん! 拾ったシーグラスは瓶に入れて飾ってあります」
「へぇ……女ってそういうの好きだよなぁ。で、海にはあいつとも行ったのか?」
一瞬優弥が何を言っているのかわからずに杏樹はキョトンとする。
「え?」
「だから、森田と行ったのかって聞いたんだ」
「ああ、行ってません。あの人海とか行くタイプじゃないし」
「そうなのか?」
「はい。車でのデートはほとんどなかったし……たまーに行ってもアウトレットとかショッピングモールばかりでしたから」
そう答えながら杏樹は愕然としていた。それは正輝との交際中ドライブや旅行に一度も行かなかったからだ。
1年以上も付き合っていれば普通1度や2度は遠出をするだろう。車がない男性ならまだしも正輝は車を持っていたのだ。しかし杏樹は一度もドライブへ行った事がない。
「なんだ、デートで海にも行かなかったのか」
「はい……今言われてみて気付きました」
「そんな奴とよく付き合ってたな。じゃあシーグラスはいつ拾ったんだ?」
「高校生の頃友達と鎌倉へ行った時とか大学時代に女友達と旅行した時ですかね? あ、あとは子供の頃の家族旅行で? そういえばもう随分海に行ってない……」
社会人になってからは先輩の美奈子と何度か温泉旅行に行ったがいつも山だった。
「じゃあ今度俺が連れて行ってやるよ」
「えっ?」
「すみません、そこの交差点を右折です」
「承知しました」
優弥が運転手に道を指示したので話はそこで途切れた。
だから杏樹は自分が聞き間違えたのだろうと思う。
間もなくタクシーはマンションの前に到着した。
杏樹がタクシー代を払おうとすると優弥がそれを遮る。
「いいから」
「……すみません、じゃあお言葉に甘えて」
杏樹はペコリとお辞儀をすると優弥に続いてタクシーを降りた。
杏樹が買った絵はタクシーを降りてからも優弥が持ってくれた。
「すみません」
「気にしなくていいよ」
そして二人はタワマンのエントランスをくぐり中へ入った。
フロントのコンシェルジュの前を通る際に優弥が、
「ただいま」
と笑顔で挨拶をする。すると男女二人のコンシェルジュは笑顔で、
「「お帰りなさいませ」」
と返してくれた。杏樹は優弥の後に続きながら会釈をする。
ちょうど来ていたエレベーターにすぐに乗り込むと杏樹が40階のボタンを押す。
「結構重量のある絵だから壁にはしっかりしたフックをつけた方がいいぞ。画鋲なんかじゃすぐ落ちるからな」
「わかりました。副支店長は部屋に絵とかって飾ってますか?」
「うん、前の家から持って来た物をいくつか掛けてるよ。俺も結構好きなんだよね」
「そうなんですね」
エレベーターが40階に到着すると二人は廊下を進み部屋へ向かう。
杏樹の部屋の前に到着すると優弥が絵を手渡した。
「すみません、今日はありがとうございました」
「うん、じゃあまた明日」
「お疲れ様でした」
「お疲れ!」
優弥が軽く手を挙げて自分の部屋へ向かったので杏樹も鍵を開けて中へ入った。
玄関へ入りドアを閉めてから杏樹は思う。
「結構親切なんだ……まあ部下が困っていたら誰でもこうするのかな?」
杏樹はフフッと笑うと絵画を抱えてリビングへ向かった。
その時タワマンを見上げながら仁王立ちしている男がいた。正輝だ。
正輝は杏樹と優弥が同じタクシーに乗って走り去るのを目撃した後、咄嗟にタクシーを拾って二人の後をつけた。
そして今目の前で見た衝撃のシーンに呆然としている。
(二人は付き合ってるのか? まさか一緒に住んでいるとか?)
全く予想もしなかった事実に正輝は愕然としていた。
正輝が杏樹を振ったのはつい最近の事だ。しかし振られたというのに杏樹は以前と全く変わらない。それが正輝には不思議だった。しかし今その理由がわかったような気がした。
(俺と別れた後すぐに付き合い始めたのか?)
正輝は悔し気に唇を嚙みながら二人が入って行った高級タワマンをいつまでも見上げていた。